化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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アカデミアの男女共同参画が進まない話題の寄稿に対して

一言でいうと、「理系のアカデミアの女性の割合を増やそう」といえるであろうアカデミアの男女共同参画問題ですが、読みやすい寄稿が公開されていますので、この寄稿をもとに、この話題を取り上げたいと思います。

寄稿はJSPSのCHEERS!に投稿された安藤真一郎氏のものです。リンクは以下になりますが、5~10分程度で読める読みやすい文章であり、研究者として忙しいなか執筆された文章だと思われますので、ぜひ一読をおすすめします。

アカデミアにおける男女共同参画はなぜ遅々として進まないのか

この寄稿の見出しをまとめると以下のようになります。

・なぜ男女共同参画が必要か
・なぜ男女共同参画が進まないのか
・無意識のバイアス
・マイクロアグレッション
・女性限定公募
・社会は息苦しくなっているのか
・終わりに
・解説:マイクロアグレッションの具体例

繰り返しになりますが、Twitterでもこの記事について、素晴らしい記事だと引用RTしている方も多いですので、ぜひ読んでみてください。

まず最初に

このブログの筆者も、建前などでなく、理系において女性の研究者が活躍する社会は望ましい社会だと思います。筆者自身も、理系の向き不向きに男女の性差があるとは思いません。
また、女性の妊娠と出産のようなライフイベントを考慮すると、例えば産休を取る女性研究者の任期は伸ばす措置のような、女性への特別な配慮など、女性が活躍できる環境を整えることも必要だと思います。
そして、女性限定公募で採用されるような女性研究者などを攻撃したいとは思っていませんし、このブログ記事にもその意図はありません。(寄稿で指摘しているような無意識のバイアスや、不快に思う方がいるということはあるのかもしれません。)

一方で、センシティブな話題であることは承知したうえで、この寄稿の内容は、賛成できる部分や納得できる部分もありますが、この短い寄稿だけでは納得できない部分もありますので、そういった部分を文章にしていきます。

男女共同参画の課題

 

引用:寄稿より

男女共同参画が、なぜ必要かという寄稿中の上の図は簡略化されていますが、本質を表していると感じました。

それならば、小学生でも思いつきそうな男女共同参画の次の段階への動きは、下の図のようになるのではないでしょうか?

 

なぜなら四角の大きさ、つまり研究者のポストの数は変わらないからです。

もちろん、突然50%の男性研究者の解雇とはいいませんが、毎年研究者の適性の低い下位5%の男性研究者を解雇し、新規採用の5%は仕事への適性の高い女性研究者の限定採用とすれば、早期に理想的な状態に近づいてのではないでしょうか?

つまり、さぞ、適性が低い (研究成果が出ていない) にも関わらずポストについている男性シニア研究者や男性中堅経験者は解雇されることに不安や不満の声を上げている……となっていないのが、この寄稿だけではとらえきれていない点であり、またこの問題がこじれるところではないかと思います。

現在の研究社会が男性社会であり、男性研究者というだけで、能力の低い人が下駄を履かせて研究職やPI職についているなら、解雇してしかるべきではないでしょうか?
40代以上程度の中堅やシニア男性研究者でPI職などについている研究者を解雇するように提言する人が、もっと出てきてもいいのではないでしょうか?

しかしながら、この寄稿中でも若手男性研究者の「不安」や「心配」や「ぼやき」は出てきても、既得権益をもっているシニア男性研究者層の不安や不満は出ていないように読み取れます。

つまり、極端な図例ですが、男女共同参画の過渡期という40代以上の中堅やシニアの男性研究者などの都合のいい理由づけにより、男女比率を変えるために下記のような構造になれば、アカデミアの20代~30代の若手男性研究者の不安や不満が出てくるのは当然ではないかと思います。

 

当然ですが、すでに研究者として任期なしのポストについているシニアの研究者は解雇せずに、女性研究者の割合を増やそうとすれば、新規採用する女性の割合を大幅に増やすという方針しかできないでしょう。そして、新規採用する研究者の候補としては、若手研究者のほうがしやすいという点もあると思います。

大学入試などでマイノリティを優遇する肯定的差別(アファーマティブ・アクションやポジティブ・アクション)と比べて、大学教員の女性限定公募がTwitterなどのSNSで議論にあげられる要因は、

・そもそも日本のアカデミアの若手研究者のポストが少ない
・そもそも理系の学部に進学する学生の男女割合差が存在している
・女性研究者を育成しても、知名度や環境、予算規模などで有利な大学は女性研究者を採用しやすい一方で、地方のアピールできる点が少ないような大学は優秀な女性研究者を採用したくても集められない

といった様々な要素も含められているのではないかと思っています。

この寄稿では、タイトルの
アカデミアにおける男女共同参画はなぜ遅々として進まないのか
の回答として、
「"(主に)男性側の無意識下での行動(というかむしろ行動を起こさないこと)にある"」
が上げられていると思いますが、男女の話に絞られ、弱者である"特に20代~30代前半の若手"と、既得権益を有している"シニア"といった論点は、ほとんど抜けているように感じました。

短い講演時間では、こういった部分まで触れたくても触れることができなかったのかもしれませんが、こういった若手男性研究者の不安や不満の要因の部分まで含めた議論や課題の共有まで広がっていくことが男女共同参画社会を実現していくうえで必要なのではないでしょうか?

世代間のギャップ

日本においても、女性の社会での活躍の推進についての世代間の意識差は、無視できないものです。男女共同参画について常々意識を向けている人であれば、例えば電通総研が2021年に日本の男性に対して実施した下記のアンケート結果に類似したものは目にしたことがあるでしょう。

引用:電通総研コンパスvol.7 The Man Box:男らしさに関する意識調査

女性活躍を推進するような施策の支持をしない男性の割合は、50代以下の男性と50歳以上の男性では明確なギャップが存在します。もちろん、50代以下の男性のほうが賛同できていない割合が多いです。
ちなみに比較的若い世代が女性支援施策に否定的な男性の割合が高い傾向は、日本だけの話ではなく韓国などの海外でも得られていることも有名な話です。

この結果の解釈の1つには、男性と女性が平等であるという価値観が50代以下では浸透していることも影響しているかもしれません。男性と女性の能力が等しいにも関わらず、女性を優遇する施策が実行されると、女性に下駄を履かせるという女性への逆差別という印象も自然な流れかもしれません。

もちろん、このアンケートの対象をアカデミアの男性に限定すると、全く異なる結果が得られるという説を否定することはできません。しかし、一般的に考えると男女共同参画の施策については、アカデミアにおいても若手世代の男性の理解も得られるような施策や、若手男性への啓発といったこともまた真の男女共同参画社会の実現に向けては重要であると思います。
むしろ若手男性のもつ女性活躍施策への不満やネガティブな感情を無視すれば、目先にとらわれて、将来への禍根を残しているだけです。そしてその影響を受けて、愚かな世代のつけを払わされるのは、今は10代以下のさらに次の世代の男女であるでしょう。

無意識のバイアスの存在と課題

さて、上記のような意見として表れている部分ではなく、"無意識のバイアス"というのは、自覚しにくいという点でも、おそろしい部分があると思います。

寄稿の文章から無意識のバイアス例として紹介されている文章を、一部引用します。

別の大学にセミナーに行った時は、たまたま私が一人で当時0歳だった娘を連れての訪問になってしまった(妻は急な出張が入っていた)のだが、日中は民間のベビーシッターを探して何とかするも、夜に入っていた歓迎会と称した飲み会はやむなく娘連れで参加することに。だからと言って別に時間を早めてくれるなどはなかった。まあ非常識だと怒られはしなかったが。なお、男性が育児をひとりで行う環境は、日本では全くと言っていいほど整っていないことを実感したのもこのときだ。ともかくこれらの例でわかるのは、「若い女性がお酌すべき」、「育児は女性がすべき」という無意識のバイアスの根深さ。

ここから少しの間はブログ記事筆者の感想になるが、正直に書くと、この0歳の娘を連れて飲み会に参加することになり、時間も配慮されなかったこの文章だけでは、「育児は女性がすべき」というバイアスの話や例だと、すぐに解釈できなかった。
もし国語の問題で、このエピソードによる"男女に関する無意識のバイアス"について説明せよ と出題されたら、絞り出して回答するなら、下記のような回答をするだろう。

私である安藤真一郎氏(男性)は、「育児は女性がすべき」という考えをもっていた。そのため、男性である安藤真一郎氏は本来育児をすべきでない性別であるにも関わらず娘の面倒を見ることになるという特殊な状況であると感じたが、周りからは特別の配慮もされなかった経験により、"男性"が育児をするならば特別な配慮されてしかるべきという安藤真一郎氏の無意識のバイアスが読み取れる。

ただし、もし説明が抜けているだけで、娘が一緒にいるから歓迎会への参加を断ったり、時間を早めてもらうようにお願いしたが、「娘は妻に預けて歓迎会に来ればいい」と言われたというなら、話は変わるだろうし、口には出されなくても、そういう雰囲気を激しく感じとったということがあったのかもしれない。
また、妻が娘を連れて大学に行ったときは、歓迎会の時間に配慮がされたというエピソードもあれば、周りの人が、男女への無意識のバイアスが存在するという話になったであろう。
加えて、もし「あなたは男性だから夜間はベビーシッターは受け付けられません」と断られていたなら"男性"が育児をひとりで行う環境が整っていない話になると思うが、そうでなければ、働いている人が育児をひとりで行う環境が日本では整っていないエピソードではあるが、それは女性がひとりで育児をしても同じであり、そこに"男女"に関する問題は読み取れないように感じている。

もしかしたら、この講演者はわざと、私は"男性はひとりで育児をする場合にも働きながら育児をする"が"女性はひとりで育児をする場合には退職したり、育休をとるなど休んで育児をする"というバイアスをもっているという道化を演じていたのかもしれないが、それならば意図が伝わりにくく、もうちょっと周りが無意識のバイアスをもっていたというエピソードは無かったのか?と感じる。

このブログ記事の筆者の解釈がひねくれているか、読解力が足りないか、そこに無意識のバイアスが働いているのかもしれない。

さて、つらつらと感想を書いた結論として言いたいことは、このエピソードですら、ブログの筆者には、どこが無意識のバイアスであるかがはっきり理解できないという点です。無意識を言語かして伝えるということは、決して簡単なことではないという課題は、こういった問題をさらに難しく

無意識では許されないハラスメント案件

寄稿から、別の部分の例示も引用します。

例えば私が日本のとある大学にセミナーに行った際、気を遣ってか飲み会の際に両隣に修士一年生の女子学生を配置されたことがある。逆に同じく修士一年の男子学生はいちばん遠いところに配置された。それほど昔の話というわけでもない。

では、次に厚生労働省のハラスメント防止のためのハンドブックの一部を引用します。

引用:ハラスメント防止のためのハンドブック

上のガイドブックの例の1番上を見ればわかるように、研究室の飲み会の席で女性がゲストの隣の席に座ることを強要されたのであれば、大学にハラスメントの疑いがあったとして報告されているような案件でしょう。

まだ日本では、金銭的にも余裕のない学生が裁判を起こす例は少ないのでイメージがないかもしれません。しかし会社をイメージすれば、ゲストが来た歓迎会で新入社員の女性をゲストの隣に座ることを強要していたら、ある日セクハラで慰謝料を請求する郵便が送られてきて、対応によっては裁判に発展するというケースは普通に想定できる話です。

当然ですが、ハラスメントにおいて、「悪気はなかった」や「無意識であった」は何の言い訳にもなりません。

この参加した歓迎会の目の前でハラスメントの代表例が行われたエピソードは、その後適切にハラスメントとして通報や相談が行われ処理されたのか、違和感を感じる人はいたがそのまま結局は「ほっておかれた」のかまではわかりませんが、アカデミアにおいても、まだまだハラスメントが深刻な状況である可能性が示唆されています。

こういった男女に関する無意識のバイアスから行われるハラスメントの疑いが高いものがあれば、見て見ぬふりをせずを、大学の相談窓口へ報告するといったアクションまでが推奨されなければならないことだと思います。

この無意識のバイアスも含めて、おそらくまだまだ問題が山積みである一方で、男性シニア研究者や女性研究者からの男女共同参画問題に関する発信がまだまだ少ない(と少なくともブログ筆者は感じている)ことも、課題ではないかと思います。
そういった点でも、ある程度キャリアを積んだ中堅男性研究者やシニア男性研究者からのこういった寄稿は価値があると感じています。

正直、無意識のバイアスや女性なら当たり前に気づいている問題に関しても、男性が気づきにくいという点は充分にあると思います。そのため、できればTwitterのような後に残りにくい媒体ではなく、例えばnote.comなどのような、長文も書きやすく、投稿から日付が経過しても見返しやすい媒体などを活用することが望ましいと感じています。

なぜこういった主張をするかというと、確かに、女性限定公募のみが増えて、男性若手研究者の就職先のポストが減ることだけが男女共同参画なのであれば、"男性側の目先のメリットを考えてみると、男女共同参画が進んだところで損することはあっても得することはない"かもしれませんが、私自身は女性の視点の声から、アカデミアのキャリアや働き方、ワークライフバランスなどの問題が改善されていけば、男性若手研究者にも、男女共同参画が進むことには充分な目先のメリットがあると思っているからです。

引用: 引用文献3より

例えば統計的な事実として、男性と女性の初婚年齢や第一子出産時年齢には、2歳程度のギャップが存在しています。極端な話として同年齢の男性研究者と女性研究者で考えると、同じ30歳で第一子の育児を行っている30歳女性研究者と、まだ第一子の出産の予定もない30歳男性研究者といった状況が存在することは自然です。こういった状況で、育児や保育や「小1の壁」などを数年先に経験している女性研究者がアカデミアに存在する育児に関する課題や制度を変えていけば、遅れて育児を経験する同年齢の男性研究者は、制度が変わったことの恩恵を受けることができるということが起こるでしょう。もし実現すれば、男女共同参画がきっかけで男性研究者が目先のメリットを得られる例といえるのではないでしょうか?

女性が男女共同参画について発信すると対立構造が悪化するという予測も絶対に間違っているとは思いませんが、今存在している様々な発信媒体には、火種になりやすく個人が攻撃されやすいような媒体から、そうではない媒体まで存在すると感じており、発信媒体の工夫なども含めて、男性のみならず、男女双方からの活動が、よりアカデミアの男女共同参画と男女の活躍を進めるのではないかと思います。

男性学生は……

最後に、個人的な意見ですが、男性若手研究者や、特にアカデミアへの進路を意識している男性学生は、こういったセンシティブな問題への個人での発信は控えた方がいいと思っています。それは、単純に男性若手研究者は、現状で構造的に弱い立場であり、社会的に弱い立場という意味での社会的弱者ともいえるからです。そのため発信をきっかけに周囲などから問題視された際に、誰からも助けを得られずに、アカデミアへの道を断たれるといった最悪の事態に発展することすら絶対にないと言い切れないからです。現にインターネット上での主張で事実かどうかの詳細な事実関係は確認できませんが、日本の科学研究体制への改革について活動したことで干されて研究者を辞めたと記している人も世の中には存在しています。

特に文字数が制限されているようなSNSの媒体などは言葉が足りないことにより、主語が大きく解釈されて問題になるというケースも当然想定できます。

引用: 寄稿より

上記の引用中のアンケートもまた興味深いものでしょう。途中で引用した電通総研のアンケートのように、満足度や、この講演が男女共同参画を考えるきっかけになったかを白黒はっきり判断したければ、通常は4択(偶数選択肢)のアンケートを作成します。4択のほうがセッションの効果を明確に判断できるという大きなメリットがあります。当然、その白黒はっきりした結果のほうが、次回の企画の改善に反映させやすいのは言うまでもありません。
逆に5択にしてしまうと、3:「どちらともいえない」という中間的立場の選択肢が存在します。つまり、このアンケートの作問者は、この男女共同参画の話題については、中間的立場の選択肢を設けることが必要であるという明確な判断をしているということです。
まだ今のアカデミアでは、男女共同参画に関しては中間的立場の選択肢を設けることが必要だと考えられているほどセンシティブな話題であるという現状がはっきりと現れていると解釈できます。それほど、どちらかの意見を表明することには、まだリスクがある可能性があるといえるでしょう。

一方で、意見があれば声を上げることは大切だと思いますので、匿名性が確実に守られるアンケートなどの活用や、問題になった際に助けを得られるような組織を活用する(組織を作る)といったアイデアが必要かもしれません。

また、今の男子学生は学部生や大学院生の時点で日本のアカデミアを目指して進学しないという適応は生存戦略としては、いいのではないかと思っています。
分野にもよりますが、博士号を取得し、アカデミアに進まなくても、日本では企業の研究職に採用され研究者として活躍することは充分に可能ですし、理系職という視点ならば、まだ企業のほうが多様な活躍の場があるといっていいと思います。
もしも理系で研究などに興味があるならばアカデミアというバイアスがあるなら、視点を広げて、意識を変えてみることもいいのではないでしょうか?

最後に、現在のアカデミアは、いまだに身体的な女性の参画が主な課題や論点に上がっているようですが、社会的な流れとしてDEI (Diversity(ダイバーシティ・多様性)、Equity(エクイティ・公正性)、Inclusion(インクルージョン・包括性))を重視し、DEIの概念に基づいて配慮などを推進していくことは間違いなく、スポーツ界でニュースなどになっているトランスジェンダーから、人種、国籍、民族、宗教、障がいなどの様々なマイノリティへの配慮をはじめとしたDEIへの取り組みは進んでいくことでしょう。
男女共同参画のみならず、DEIは社会的な流れとしても、目を背けることはできない話ですので、学生であれ、研究者であれ、DEIについて、まずは個人のレベルで考えていくことが大切であるでしょう。今回の寄稿もその1つのきっかけになるのではないでしょうか。

参考文献・引用リンク

https://cheers.jsps.go.jp/report/report19/

cheers.jsps.go.jp

引用文献1 :

電通総研コンパスvol.7The Man Box:男らしさに関する意識調査

https://institute.dentsu.com/articles/2234/

引用文献2:

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

厚生労働省 職場におけるハラスメント対策マニュアル

引用文献3:

都道府県別第一子出生時年齢:女性(出産年齢) - とどラン (todo-ran.com)