化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

理系の筆者が化学系の用語や論文、動画、ノウハウなどを紹介する化学ブログ

【錯体化学】配位子の基礎・キレートと単座配位子・多座配位子について

錯体を大学の講義などで習う中で、登場する言葉がキレートです。
キレートの名前の由来も有名な話であり、獲物をしっかりつかむために両方のハサミを使うロブスターに由来し、1920年にMorganとDrewによって研究論文で提唱されました。
キレートについて基礎から学ぶため、単座配位、多座配位などの錯体の配位子に関連する内容を紹介していきます。

単純配位子とキレート

錯体に関わる古典的な単純配位子としてアンモニアが有名です。
アンモニアは一対の孤立電子対を与え、一つの配位共有結合しか形成できません。(図1参照)
水分子には酸素上に二対の孤立電子対がありますが、通常一つの配位共有結合しか形成しません。これは、孤立電子対の配置を見てみるとイメージできることになります。
水分子では、一つの配位結合が形成されると、残った孤立電子対は同じ金属イオンに付着するのに適さない方向を向いていしまうことになるからです。
異なる金属イオンと結合を形成する場合のみ、この二対の孤立電子対が配位することができる可能性ができます。この配位子の状態を架橋 (ブリッジング、bridging)といいます。

図1:フリーな状態および配位されたアンモニアと水分子、Mは金属イオンを表す。水分子の第二孤立電子対は、最初の孤立電子対と同じ金属中心と相互作用するのを妨げる方向を向いています。
原理的には、この孤立電子対を使ってブリッジングで別の金属中心と配位結合することができます。(一部の基は簡略化のため省略しています)

二つの孤立電子対が単一の金属イオンと相互作用しやすくするために、孤立電子対を異なる原子に配置されている場合を考えてみます。

二アミノメタンの配位の例

まず、1つの炭素原子で連結された2つのアンモニア残基 (アミン) を考えてみます。
ちなみに、錯体に考えるために登場させた化合物ですが、これは化学的に安定な分子かというと、そういうわけではありません。
片方のN原子の孤立電子対、または、もう一方のN原子の孤立電子対のいずれかが最初に金属イオンと単一結合を形成できます。片方のアミン基が固定されたM-N-Cの原子群の周りで、回転ができる場合、第二の孤立電子対が同じ平面に配置されていれば、それは金属と相互作用する方向を向くことができるようになります。
つまり、図2のように、すでに形成している共有結合がある程度変形している場合、同じ金属イオンに両方の孤立電子対が配位することが可能になります。

図2:2つのアミン基を持つ二 アミノメタン分子の図。1つ目が配位されると、2つ目のアミンの孤立電子対は、配位するのに適した方向に向くことができます。図の右側では、ある結合角に歪んだ場合に、両方の孤立電子対が配位でき、キレート形成されることがイメージできます。
カルボキシ基の配位の例

さらに安定した例として、カルボキシ基(R-COO⁻)が知られています。
カルボキシ基は、図3のように、少なくとも三つの方法で配位することができます。(図を参照)
1. 一つの酸素を介して一つの金属に配位する
2. 二つの酸素のそれぞれを介して二つの金属に配位する
3. 両方の酸素原子を介して一つの金属に配位する

図3:カルボキシ基の金属イオン結合の種類。

一つの配位子が二つの異なるドナー (供与体) を使用して同じ金属に結合する場合、キレート、すなわちキレート環が形成された状態になります。

キレート環について

キレートは通常、単純な単座配位子よりも強力な錯体を形成します。キレート環は、二つのドナー原子、金属イオン、および二つの配位したドナー原子を結ぶ配位子構造の部分を含む環状系として定義されます。キレート環のサイズは、単に共有結合で結ばれた原子の数から求めることができます。

連続環では、金属イオンから始まり、ぐるっと循環して、金属イオンで終わることになります。

例えば、図3の一番右のキレート化カルボン酸塩では、M→O→C→O→の順序で、最後のOが再びMに戻るように結合しており、連続環中には4つの原子が含まれます。こういった4つの原子があるものは四員キレート環といわれます。

図2のジアミノメタンの場合、カルボン酸塩と同様に、キレート環は四員環です。
金属を含む4つの原子が4つの共有結合で連結され、そのうちの2つが配位結合となっています。
特定のサイズの環状の有機化合物の構造が安定していることは有名ですが、同様に、特定のサイズのキレート環は、金属錯体の安定性を高めます。

もし、ジアミノメタンの代わりに、より化学的に安定であるジアミノエタン(正式にはエタン-1,2-ジアミン、エチレンジアミン、略してen)である場合には、キレート形成は五員キレート環の形成となります。

図4:ジアミノエタン (エチレンジアミン) のキレート化の段階的なプロセス。最初に単座配位形成、孤立電子対の再配置、キレート環を形成するための最終的な配位というプロセスを経ます。

この場合には、図4のように、まず一方の窒素が金属に結合し、残りの孤立電子対が適切な方向に回転して、窒素が金属に近づき、効果的な結合とキレートの形成が進みます。最初の窒素が金属に固定されることで、第二の窒素が別の方向に離れることがなく、効率的な配位が起こりやすくなっています。

ジアミノエタンのC-C結合に沿って見ると、2つのアミンはキレート形成のためにシス (cis) 配置をとる必要があります。トランス (trans) 配置の場合には、2つの別々の金属の架橋 (ブリッジング) をすることができます。
図5のように、このような立体配置が切り替わることは可能な配位子では、C-C結合周りの回転によって一つの立体配座から別の立体配座に簡単に切り替わることがあります。

図5:ジアミノエタンではC-C結合の回転が自由であるため、シス (cis) またはトランス (trans) の異性体が存在し、上のように、それぞれキレートおよび橋かけが可能である。剛直なジアミノベンゼン(下)の場合、cisとtransの異性化は不可能であり、それぞれ異なる機能の二座配位子として働きます。

剛直な配位子であるジアミノベンゼンでは、1,4-(パラまたはトランス)異性体と1,2-(オルトまたはシス)異性体は明確に異なる分子となります。1,4-(パラまたはトランス)異性体は架橋 (ブリッジング) のみしかできないのに対し、1,2-(オルトまたはシス)異性体はキレート化することができます。
それぞれの二つの窒素供与体 (ドナー) の両方が結合できるため、両方とも二座配位子と呼ばれます。

1,2-ジアミノベンゼンで形成されるキレート環は平坦となります。これは、平坦で剛直な芳香環の影響が支配的だからです。
しかし、ジアミノエタンで形成された環は平坦ではありません。これは、環のNとCの各中心が、アンモニアやメタンの分子の立体構造のように、通常の四面体形状を維持しようとするためです。
N-M-N平面が紙面に対して垂直になるように環を見ると、環の形状がよりはっきりわかります。
一つのCがこの平面の上にあり、もう一つのCがこの平面の下にあるため、環は図6で示されるように「波打った」ような凹んだ形状になっています。

図6:キレート化されたエチレンジアミン(エタン-1,2-ジアミン、en)におけるキレート環の配座。δおよびλとして示されています。N-M-N平面を覗き込んだ視点(中央:C原子に結合したH原子は、ほぼ平面上に配置されたHeqと平面に垂直に配置されたHaxも含む)およびC-C結合に沿った視点(側面:簡略化のためH原子は省略)を示しています。これらの2つの配座(鏡像関係にある)の間には小さなエネルギー障壁しか存在せず、容易に相互変換可能です。

供与 (ドナー) 原子に結合した炭素が平面性を強制される場合(例えばカルボン酸塩中の平面性sp²混成炭素の場合)、キレート環は平面になります。
グリシンアニオン(H₂N-CH₂-COO⁻)は、一つの四面体炭素と一つの三角平面炭素を持ち、ジアミノエタンよりも波立ちの少ない五員キレート環を形成します。シュウ酸ジアニオン (oxalate dianion)(⁻OOC-COO⁻)は二つの三角形平面炭素を持ち、キレート化した形では完全に平坦です。

波打ったジアミノエタン (エチレンジアミン) について、さらにいくつかのことがわかります。
キレート環は自由に回転する非結合配位子よりも剛直であるため、各炭素上のプロトンは等価ではなく、一方はほぼ垂直に(軸方向、Hax)向き、もう一方はN-M-N平面にほぼ平行に(赤道方向、Heq)向きます。

しかしながら、この形は十分に柔軟であるため、一方の炭素が上側に移動し、もう一方が下側に移動して、もう一方の形態となる反転が起こりえます。
これらは鏡像関係にあり、一方を「δ」と呼ばれ、もう一方は「λ」と呼ぶ異性体の関係にあります。平坦でないキレート環は、このような配座異性体 (conformer) を持つことがあります。
また、こういった相互に変換可能な原子の空間的な配置は、立体配座 (conformation) といわれます。

非常に多くの二座キレートが存在するため、二座キレートの一種類の一部だけ図7のように多くの種類があります。

図7:一般的な二座配位子


しかし古くから知られている例は、多くは供与体基の形状や共役による全体の平面性の強制により、波打つものよりも平坦なキレート環を形成する傾向があります。
また、配位子は表記の簡略化のために、"bpy"のように略されることも多くあります。
ただし注意点として、供与原子 (ドナー原子) を連結する原子の鎖に違いがあるため、全てが同じサイズのキレート環になるとは限らないということです。また、4つの原子鎖による五員キレート環の形成が、もっとも一般的なキレート環の形成となっています。

キレート環のサイズ

一方の供与原子 (ドナー原子) の原子鎖のサイズが大きくなると、分子が形成するキレート環のサイズも大きくなります。
これは、キレートの「かみつき (バイト、bite)」、つまりキレート中での供与原子 (ドナー原子) の最適な間隔に影響を与え、それにあわせて、集合体の安定性と強度にも影響を与えます。

配位子の有機骨格内の結合距離や角度を変更するには、金属周辺の距離や角度を変更する場合よりも大きなエネルギー消費が必要であるため、調整 (adjustment) が金属中心周辺起きることが多くあります。

図8:キレート環の形成は、配位子が金属に「適合 (fit)」するという観点では理想的でない場合があり、ミスマッチの解消の多くは、大部分は金属-供与体の距離や金属周辺の角度の調整が起こります。

キレート化においてミスマッチが発生した場合には図8のように、M-L結合長やL-M-L角度(通常はこの両方)が変わることが、金属と配位子のミスマッチの解消のために起こります。ただし、配位子の有機部分内での角度や距離のわずかな調整が起こることもある点にも注意が必要です。

キレート環のサイズには実質的に上限はありません。ただし、供与原子 (ドナー原子) 間の鎖が非常に長くなると、環のサイズが錯体の安定性に対して特別な寄与をもたらさないようなサイズになるため、キレート化による利点の1つが失われることになります。そして、キレート化が発生しにくくなります。これは、第二の供与原子 (ドナー原子) が固定された最初の供与原子 (ドナー原子) から遠く離れた位置にあり、結合のための好ましい位置にない可能性があるためです。

三員から七員のキレート環の例を図9に示します。また、実験的に測定されたL-M-L角度が示されています。環のサイズの変化にあわせて、L-M-L角度も変化しています。

図9 : 3員から7員のキレート環の例。

ちなみに、図9に示されたような単純な二座配位子の場合、供与基 (ドナー基) を分離する鎖の原子数に基づいた分類が使われることがあります。四員環を形成するものは1,1-配位子 (1,1-ligand) 、五員環は1,2-配位子 (1,2-ligand) 、六員環は1,3-配位子 (1,3-ligand) などと呼ばれます。

つまり、キレート環のサイズには好ましいサイズがあり、環のサイズが大きくなるにつれて、錯体の安定性が上がり、さらに環が大きくなると安定性が低下します。
この安定化の傾向は、金属イオン、供与基 (ドナー基) 、および配位子骨格の種類など、いくつかの要因に依存します。

ただし、一般的な経験則として、周期表のdブロックの第一周期のような軽い金属では、次のような傾向が表れます。

三員環 < 四員環 < 五員環 > 六員環 > 七員環

全体的には、五員キレート環が好まれます。この傾向は、O-供与体 (ドナー) の系列のように実験的に測定することができます。
これは、シュウ酸塩 (oxalate) 、マロン酸塩 (malonate) 、コハク酸塩 (succinate) と二価遷移金属イオンとの金属錯体の安定性(錯体を形成する意欲の指標とみなせる)に関して、図10のような結果が得られます。各配位子の構造は図9に示されています。

図10:様々な金属(II)イオンに対する錯体の安定性とキレート環サイズによる変化。
O,O-キレートであるシュウ酸塩(ox, 5員環)、マロン酸塩(mal, 6)、コハク酸塩(suc, 7)、構造は図9を参照。

上のすべての場合で、五員環 > 六員環 > 七員環の傾向が保たれています。
また、金属イオンのサイズと、結合長が好ましいかどうかも安定性に影響を与えます。例えば、軽い金属では傾向が同じですが、大きな金属イオンは異なる環サイズを好む場合があります。
また、ここでは掘り下げませんが、配位子に関係なく、金属の種類による安定性の傾向もあります。

供与体 (ドナー)の違い

供与原子 (ドナー原子) には、当然のことながら様々な種類が可能性として考えられます。一般的によく知られているものとしては、N、O、S、P、C原子があります。
供与原子  (ドナー原子) が違った分子だとしても配位子として機能する例は多いですが、その一方で供与原子  (ドナー原子) が違うことによって、配位子の特徴も異なります。

供与原子 (ドナー原子) は中心金属に直接結合しているため、金属は供与原子 (ドナー原子) の影響を、他の原子や供与原子 (ドナー原子) に結合しているグループよりも強く受けることになります。
これは、錯体の化学的および物理的性質に反映されます。

配位子の供与原子 (ドナー原子) のほとんどは、周期表の典型元素 (pブロック) です。例えば、単純配位子としては、下のようなものが挙げれます。

N、O、P、Sの供与原子 (ドナー原子) を持つ配位子や、ハロゲン陰イオンを持つ配位子は特に一般的です。これらの供与原子 (ドナー原子) は、自然界の生体分子を含む多くの配位子で見られます。
他には、H3C−のように炭素もよく知られている供与体 (ドナー) であり、M-C結合を含む化合物に特化した有機金属化学も盛んに研究が行われています。

多くの場合、配位子は複数のポテンシャルを秘めた (潜在的な) 供与基 (ドナー) を含んでいます。これらが同一でない場合、それは混合供与配位子と呼ばれます。
これも珍しいものではなく、実際には一般的です。
典型的な例はアミノ酸(H2N-CH(R)-COOH)であり、N (アミン) とO(カルボキシ基) の両方の供与体 (ドナー) が存在します。金属イオンに対して供与基 (ドナー) の選択肢がある場合、何らかの優先順位の影響を受けることが多いです。

多座性 (Denticity)

金属に1つまたは2つの配位部位で結合する配位子は一般的ですが、一方でこれが単座配位や二座配位が配位の数の限界ではありません。
金属イオンの配位圏を完全に満たすのに十分な供与基 (ドナー基) を1分子中に持つ配位子も存在します。こういった配位子では、複数の金属イオンに結合するのに十分な供与基 (ドナー基) を持つこともあります。

多座性 (Denticity) とは、配位子の供与原子 (ドナー) の数を定義する方法です。多座性は、1つの配位子分子の供与基 (ドナー基) のうち、金属イオンに結合している数を指します。すべての供与基 (ドナー基) が結合している必要はありません。

1つの供与基 (ドナー基) による配位の場合、それは単座配位子と呼ばれます。
配位子に2つの供与基 (ドナー基) が結合している場合、それは二座配位子です。
3つの供与基 (ドナー基) が結合すると三座配位子、4つの供与基 (ドナー基) が結合すると四座配位子と呼ばれます。

配位子の配位数と配位子の潜在的な供与基の数が必ずしも同じでないことに注意しておくことは重要な視点です。
アミノ酸のグリシンは、カルボキシ基のみ、アミン基のみ、または両方を同時に使用して金属と結合することができます。
最初の2つのモードは分子が単座配位子として機能する例であり、最後の両方で結合するものは分子が二座キレート配位子として機能する例です。

図11: グリシンの配位の種類

金属と結合する基は、配位子の形状や配位子の骨格上の位置によっても、影響を受けます。配位数の異なる錯体の例が、図12に示されています。

図12: 単座配位、二座配位、多座配位の配位子の例。いくつかの配位子は、配位前に脱プロトン化が起こります。Xは標的配位子が使用していない部位を示す。

ただし、他の形状でも配位子を利用することができ、必ずしもこの配位の形状とは限りません。
いくつかの配位子は、錯形成の際に陰イオン (アニオン) を形成するために脱プロトン化が起こるものがあります。
これは、静電気的な理由から、中性の配位子よりも陽イオン (カチオン) 性の金属に対して陰イオン (アニオン) がより良い供与体 (ドナー) となることが理由の1つです。
すべての供与基 (ドナー基) が容易に脱プロトン化が起こるわけではなく、それは基の酸性度に依存します。

さらに、カルボキシ基 (−COO−) やアミド基 (−N−CO−)など一部の配位子は、原理的には供与原子 (ドナー原子) として作用できる複数のヘテロ原子 (O、N、S、P等) を含む基を含んでいます。
1つの金属イオンに両方の供与体 (ドナー) が配位することは、配位子分子の形状によって制約があり禁止されているか、もしくは特別な合成条件下でのみ発生します。

参考文献

Lawrance, G. A. (2013). Introduction to coordination chemistry. John Wiley & Sons.

一部の図は参考文献より引用しています。