化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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【博士課程進学不要論】D進はやめるべきという意見

この記事は修士課程から博士課程への進学(D進)をやめるべきというテーマで執筆しています。

どうしてこの記事を執筆したのか、実際は筆者はどう感じているのかは、最後に書いていますので、興味のある方は、そちらも拝読ください。

博士課程へ進学する理由と、その反論

以下は、参考文献から引用した博士課程への進学理由です。いくつかの理由について、その理由だったら、博士課程に進学する必要はないということを説明していきます。

参考文献より

研究することに興味関心があった

博士課程じゃないと、研究ができないのかというと、そんなことはありません。企業の研究者の中には博士号を取得していないが活躍している方も大勢いらっしゃいます。

また、今は博士課程に進学しても、修了後に研究職に就けず、研究ができていない方も多くいます。

研究を行うために必ずしも博士課程に進学する必要はないのです。

自分自身の能力や技能を高めることに関心があった

博士課程に進学すると能力や技能を高めることができるかもしれません。でも、博士課程で身に着けられる能力や技能は修士課程でも身に着けることができる機会はなかったでしょうか?修士課程の延長線上では、劇的な能力の向上はないかもしれません。
むしろ、企業に就職することで、新しい環境に身をおくと、より多くの能力や技能を身に着けられるとは考えられないでしょうか?

博士号を取れば、良い仕事や良い収入が期待できるから

良い仕事は人それぞれなので、定義が難しいですが、博士号の就職は決して楽ではありません。日本でも毎年、博士号取得者は1.5万人程度増えています。各分野がありますが、就職などでも相当数のライバルがいます。特に人気の企業や良い仕事に就くには高い競争率も予測されます。博士号があれば、いい企業に入って良い仕事ができるは、幻想かもしれません。

また、日本の多くの企業の博士号の新卒社員の収入は、修士卒の新入社員の3年目相当の給与です。初任給は高く見えますが、実際の収入は、博士号をとらなかった場合とほとんど変わらない企業もまだまだ多いです。また、特に中小企業などは、修士号と博士号で大きな給与差を設定していない企業もあります。

将来就職を希望する企業などの給与を調べて、収入が本当に高いかは、分析をするべきでしょう。

親や指導教授等から進学をすすめられた

学生が博士課程に進学すると、博士学生が、後輩の指導や論文執筆をするという指導教授に利益があります。それだけが勧めた理由ではないかもしれませんが、言葉にされなかった進学を勧められた理由まで予測しないと、あなたのことを思って進学を勧めたわけではないかもしれません。

博士課程で得られたことで、現在の仕事に役立っていること

参考文献より

博士課程で得られた能力で役立っていることの上位は以下です。

  • 論理性や批判的思考力
  • データ処理、活用能力
  • 自ら課題を発見し設定する力
  • 自ら仮説を構築し、検証する力
  • コミュニケーション能力

こういった能力は、博士課程でなくても、企業で特に理系の職として勤務していると必要になり、身についていく能力です。さらに企業であれば、この能力を向上させて成果を上げれば、出世や賃金の上昇に直結することもあります。

また博士号は海外の人とやり取りをするときに求められているといいますが、肝心の海外の方とやりとりをするグローバルなコミュニケーション能力は、博士課程では役に立つレベルでは身についていないこともわかります。

わざわざ、博士課程に進学して、身に着ける必要がある能力とはいえないのではないでしょうか?

むしろ会社に勤務して社会に貢献することで、給料をもらいながら、必要な能力を鍛えた方が、学生のためにも、社会のためにも有益なのではないでしょうか?

博士号を取得しても仕事へ影響がなかった人が3割

参考文献より

実際のアンケート結果でも、博士号を取得したにも関わらず、現在の仕事へ影響がなかった人が3割います。

もし今後、博士号の取得者が増えれば、博士課程の分野とは異なる分野や研究職以外での職種での勤務を行うことになる人は増えることになるでしょう。そうなれば、博士号を取得しても、仕事には影響しなかったという人の割合は増えるかもしれません。

あなたが就職したいなと思う化学系の企業などで、好条件の博士号採用者の採用が増えているといったニュースを見ても、実は採用が増えていたのは機械学習や深層学習といった情報やIT系の人材で、あなたが博士号を取得しようがしまいが、あなたは将来の仕事には特に影響がない3割の側の人になるかもしれません。

博士課程を修了しても2割は博士号が取れない

参考文献より

これは、2018年博士課程修了者の1.5年後の博士号取得率です。

理学系や工学系に注目しても、課程博士として、博士号を取得できている人は60%程度です。理学系では論文博士を入れても、博士号を取得できていない人が20%います。

もちろん人文系、社会系は大きく状況が異なります。

また、博士課程の退学率(中退率)も5%程度といわれています。つまり博士課程に進学しても、4人に1人は博士号が取得できていないといっても差し支えないでしょう。

あなたが博士号を取れない側の人間になる可能性もあります。特に、修士課程までで査読付きの投稿論文がacceptされていないとなると雲行きは怪しいといえるでしょう。

あなたは順調に博士号が取れる前提で考えていませんか?

進学しても、博士号を取れない可能性は考慮していますか?

3年と人によっては数百万円をかけて、20%は外れるガチャに手を出すのは正常な判断でしょうか?

本当に博士号が求められているなら博士号取得者は増えるはず

海外の企業の研究者や官僚は、博士号を持っている人が多いという話は聞いたことがある人もいるかもしれません。そういった人と渡り合うためには、博士号が必要だという論調もあります。でも、博士号の取得の年齢上限は基本的にないのです。30代でも40代でも博士号は適切なプロセスを経ると取得することができます。

今、官僚や企業の上級職や管理職、役員の方が、博士号を取得しようとする流れがあるでしょうか?

そういう大きな流れが見られなけば、博士号はなくても、結局そこまで困ることはないとも捉えることができると思いませんか?

将来的に、博士号が必要になると感じたときに、博士号を取得するようにすれば、問題はないのではないでしょうか?

周りの意見やウワサだけで、博士号がこれからの社会で必要だと思い込むのは、きわめて危険です。

あなたが進学しないことで楽になる博士課程がいる

学振をはじめとした博士課程への支援は多くありません。そのため、博士課程への進学者が増えると、博士課程の学生はさらに厳しい競争に巻き込まれます。逆にあなたが博士課程に進学しないことで、他の学生への支援が充実したり、あなたが博士課程に進学しないことで、他の学生への指導が充実することが考えられます。

また博士号取得者のメジャーな就職先の1つである大学教員やポスドクの枠も決して多くありません。

あなたが博士課程に進学しないことで、他の学生が過度な競争の中で生き残りをかけて戦う必要がなくなるかもしれません。

博士課程の進学者が増えると、博士号の希少価値は低くなる

今は、大学の学士(学部卒業)は、大学進学者が多いため、希少価値はありません。そして現在、博士課程の進学者を増やそうという政策なども行われています。さらに、企業に勤めながら博士号を取得する人もいます。そして、博士号の保持者が増えるので、当然博士号の希少価値は下がります。希少性の高いスキルは市場価値も高くなりますが、博士号が陳腐化すると、博士号の市場価値は下がります。
現在は、日本は博士号保持者を増やし、博士号の市場価値を下げる方向に力を入れているという捉え方もできます。

さらに

今後は状況が大きく変わる可能性がありますが、博士課程の学生は学費や生活費の負担がある一方で経済的支援は決して多くはありません。

また、20代は結婚や出産、育児などのライフイベントを行う人も多い年代ですが、そういったライフイベントに対して、収入面や研究への影響などから大きな壁があります。

さて、本当に博士課程に進学する必要はありますか?

博士課程に進学せずに、社会へ出て、能力と経験を積み、本当に博士号が必要になったときに、博士課程へ進むことのほうが、正常に判断ができるのではないでしょうか?
さらに、リスキリングが注目され、社会人から博士課程へ進む手段と支援は今後ますます充実するといえるでしょう。

本当にいま、博士課程に進学して、将来後悔することはないでしょうか?

なぜこの記事を書いたのか

最近は、ニュースなどでも博士号が注目されている、博士号の取得者の採用が増えているという記事などを目にします。
しかし、もし自分が、日本や自分の大学や研究室の、研究力や論文数を効率よくあげようと思うと、博士課程の学生を増やすことは効率がいい手段です。博士課程に進学する学生は、それなりの研究能力をもっており、金銭的に安価な、いってみればコスパのいい人材です。労働者ではないため、労働者を保護する法律などの影響も強くは受けません。

つまり、ニュースなどのプロパガンダによって、博士課程の学生を増やすことは、日本や大学にとって大きなメリットがあるのです。そのため大学や研究室でも博士課程への進学を勧める情報は強く発信されているという側面もあると感じます。一方で博士課程の進学は学生には必ずしも大きなメリットがあるとは断言できる状況ではなく、当然リスクもあると考えていますが、こういった発信は決して多くないと感じています。つまり情報のバランスに偏りを感じています。

博士課程の経験者は退学した人であっても、教員への恩義や博士課程に進学した経験を無駄だったと思いたくないバイアスなどもあると思いますが、おそらくその結果としてブログなどでも、比較的中立よりの記事も多くなっています。

また、実際に博士課程に進学したほうがいいかどうかは、各学生個人の状況や環境によって、大きく左右されると思っています。もし私が進学に悩んでいる10人と面談すると、10人それぞれに異なる回答をすることになるでしょう。

だからこそ、博士課程に進学するか迷っている学生が賛否両論の否定側の意見も、進学を決める前に読んで判断材料となるように、博士課程への進学を否定する記事を執筆しました。

また、博士課程が大変であるとか、研究やゼミで辛いことがあるといったことは、修士までを経験している人であれば、当たり前に知っていることだと思っています。そういった辛さやブラックとは別の視点から記事を執筆しました。

参考文献

タイトル(英)    4th Report of the Japan Doctoral Human Resource Profiling Project
報告書 / Technical Report_201902
発行日    2022-01
シリーズNo.    317
著者    川村 真理 星野 利彦
発行元    科学技術・学術政策研究所

DOI https://doi.org/10.15108/rm317