化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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【アカデミアの維持のために若者は安定な生活を捨てよ】#任ポス問題がTwitterで話題に!!

Twitterで話題になっていることを取り上げるトレンドがありますが、一部の人のおすすめトレンドには"アカデミア"や"博士課程"といった言葉がたまに表示されている人がいるのではないでしょうか?
これは多くの場合は、有名人や問題行動の炎上と比べると、非常に規模は小さくバズったり、炎上したとはいえない規模のものではありますが、一部の界隈の人が注目するようなtweetがきっかけとなっています。

またTwitterは多くの様々なSNSの中でも、20代~40代の比較的若年層の利用率が高いことが知られており、いわゆる現時点で研究者やアカデミックキャリアの若手といわれる層に利用者が多いことも、反応しやすい要因の1つといえるでしょう。

今回ここで取り上げる話題の中心になったTweetは、以下のTweetであるようです。

一連のTweetをまとめて引用すると以下の文章になります。(引用資料1)

http://newswitch.jp/p/32457
任期を廃止した例として産総研がよく上げられますが、この記事を虚心坦懐に読む限りでは産総研はもはやアカデミアであることをやめたんだと思う。やっぱり若手の任期廃止はアカデミアの放棄と表裏一体。
きれいごとじゃなく「アカデミアの維持か若者の生活の安定か?」という二者択一の問題になっているのだと正直に認めて議論した方がいいというのが感想。
で僕が正面から「アカデミアの維持の方が若者の生活の安定より大事」と言っていて若者は「我々のためにアカデミア破壊して」とはさすがに言えないので「ひどい」「人の心がない」と言って終わる、という構図。

このTweetを読んでも、アカデミアなどの背景を知らない方からすると、いつの時代でもいわれている"今どきの若者は甘えている"的な批判にしか、読めないかもしれません。
たしかに、いわゆる2023年に60代である世代は「新人類世代」や「しらけ世代」などといわれ、「ゆとり世代」に否定的な印象をもっている世代でもあります。
しかし、それとは少々事情が異なると思われるため、背景を簡単に整理します。

若手研究者の現状と問題

まず、今回取り上げられる文脈での"若者"や"若手研究者"とは、企業の研究所などに勤めている人ではなく、大学・大学院の研究室や大学の研究所、公的な研究所などで研究を行う研究者で、いわゆるアカデミックといわれるキャリアを歩んでいる人たちです。
現在の日本のアカデミアの若手研究者の大半の方のキャリアイメージは下の図のようになります。少し古い資料ではあるので、人数などの数字などは、2023年現在とは少し違いもありますが、現在でもイメージは変わっていません。

出典:内閣府サイトの資料より引用 (引用資料2)

つまり、大学院で博士号を取得し、その後ポスドク特任助教といった若手研究者として研究を行い、その後准教授や教授としてキャリアを進めていくことが想定されています。
結果として、博士号を取得後の5~15年程度は任期付きで雇用されることとなります。この任期は状況によりますが、おおよそ数年、短ければ3年未満で、次の雇用先を探すために就活をするといったイメージになります。
当然、若手の研究者は、5年後、10年後にアカデミックの研究者として働いている保証がないという不安や、数年おきに引っ越しをする羽目になるなど、生活や将来の安定性などに不安や懸念をもつことになります。
また次の就活で有利になるためにも、限られた任期内に実績となる研究成果を出し、論文を出版することが求められてきます。
またポスドクなどは、その雇用先の研究室の主宰者(PI)の研究プロジェクトに沿ったテーマで研究プロジェクトのゴールへ貢献する成果を出すことが求められるというケースも出てきます。

こうなると、若手研究者の研究活動は、腰を据えて、学問研究の自由が保障されている環境での知の探究や真理の探究からは離れていき、場合によっては世間の流行や研究プロジェクトの決定に関わる行政や産業界の影響を受け、若手研究者自身の競争の勝ち残りや、生き残りのための研究成果や研究実績などを意識した研究となってしまうことすら予想されます。
まとめると、最近の日本の若手研究者の多くは、短い任期での雇用などの問題により厳しい研究環境におかれ、研究者自身の将来の生活の安定にも不安を抱えているといった現状があります。

博士離れや若手研究者の減少と日本の研究力の低下

当然、厳しい研究環境や将来の就職先のポストの不安などは、いわゆる「博士離れ」といわれる博士課程の学生の減少や、アカデミアの若手研究者の減少などの要因の1つになっているといわれています。もちろん、日本は少子化などの問題もありますが、少子化の影響を考慮しても、若い学生が博士課程やアカデミアを避けるようになっているということが実態のようです。
また最近は日本の研究力の低下も話題になるようになりました。研究力の指標は世界のトップ10%論文数をはじめとして、色々なものが採用されていますが、いずれにしても日本の研究力が向上しているといった結論でまとめている報告はないといってもいいでしょう。

さらに「学術分野のトップ層の半分以上は若手研究者である」や「ノーベル賞を受賞する研究の契機は若手研究者時代のものが多い」など、研究力を支えている層が若手研究者であったことなどから、日本の研究力の低下と若手研究者の研究環境の厳しさが関連付けられて議論されていることもあります。

今回の話題の意見のまとめ

話題になった投稿内容や関連内容に話を戻しましょう。Twitterを通していくつかの主張や持論を展開していますが、最近の関連内容を総括すると以下のようなものになると思います。(完璧に目を通して把握できているとは言い切れないので、認識の間違いなどもあるかもしれません。)

・理想としては、研究は任期なしでやったほうがよい。しかし、若手研究者を任期なしで雇用すると、研究のできない研究者や研究をしない研究者が無期限に雇用されるため、若手研究者は任期付きの雇用で選別をしたほうがよい。

・かつて、万年助手が助手のポストを占めていたことが原因で、アカデミアのポストを得られるレベルの若手研究者がアカデミアを去った。これは、アカデミアの維持に対して問題となるため、このような事態は起こしてはならない。この解決策が若手の任期付きの雇用である。

・アカデミアには、アカデミアでしかできないことがあり、アカデミアの維持は非常に重要である。

・今回の文脈でのアカデミアとは「社会の動向や世間に左右されず、自由に知の探究に専念できる場所」である。また知の探究は人類に利益をもたらすため、今後も必要である。

・アカデミアの維持のためには、若手研究者は任期付きで雇用し、若手研究者の安定な生活の犠牲はやむを得ず、現実的には現状の制度を維持することが望ましい。また、若手研究者の減少などは起こるため、アカデミアの規模は縮小することも想定されるが、アカデミアの完全な破壊や消滅には至らない。つまり現状の制度でアカデミアは維持される。

 

いかがでしたでしょうか?
人類にとっても非常に重要なアカデミアの維持のためには、若手研究者の安定な生活や理想的なライフプランが犠牲になることは、しょうがないことですね!

記事の筆者の意見を交えて

上記までの内容が、記事の筆者がおおよそ把握している若手研究者の現状や、今回の話題のまとめです。現状をよしとして、ここで終わるのも簡単ですが、ここから先は、この記事の筆者の意見も多く交えて、主に若手研究者を意識しての内容になります。

今回は、文脈から判断してほぼ日本の若手研究者のことに触れました。一方で、欧米など先進各国のアカデミックキャリアの若手研究者もまた、任期付きの雇用で研究しております。各国の背景などの違いもありますが、若手研究者の生活やライフプランについては問題提起されています。おそらくですが、この若手研究者の任期付きの雇用における課題や問題は、現時点で世界的に見て解決できていない研究者の問題の1つだと思われます。
もちろん「ぼくのかんがえたさいきょうのアカデミア制度」などは、これまでもあったでしょうが、いまだに実現していないのは若手研究者やシニア研究者、特に財政面なども踏まえている政府関係者や税金などを納める国民などのいずれかの賛同が得られていなかったり、別の問題があるからでしょう。
つまり、グローバル的には任期付きの雇用がスタンダードであるからこれが望ましいというものでもなければ、この国の取り組みを真似れば解決するといった問題でもないでしょう。そして、解決策がないから、ここで思考を止めて、現状を放置すればいいという類のものでもないでしょう。
究極の目標は、若手研究者の生活の質(QOL)を向上させるとともに、アカデミアや日本の研究力を向上させることではないでしょうか?
これは世界で解決策が見いだせていない課題を解決するという取り組みになるように思われます。当然、一人の力で遂行できるものではないですが、一方で、この課題を解決へ導くことができる中心となることができるのは、渦中のアカデミアの若手研究者だとも思います。
既存の日本のアカデミアの創造的破壊のその先に、現状の若手研究者を取り巻く研究環境の改善と真理の探究のためのアカデミアがあることを信じています。

今の若い学生や若手研究者が取ることができる道

今のアカデミックキャリアが理想的であると思う場合

現在の若手研究者の任期制が理想的な環境だと考える場合は、このままキャリアを歩むことや、今の制度を維持できるように尽力をするべきでしょう。

日本の大学や公的研究所などのアカデミアから離れる

研究や、自由な環境での真理の探究や知の探究は、大学や公的研究機関といった一般的な意味でのアカデミアでなければ決してできないというわけではありません。日本の企業にも、基礎研究を行っている環境など、特に研究者自身とマッチしている企業であれば、アカデミアよりも知の探究や真理の探究に専念できる場合もあります。

また、企業内での政治的な働きかけなどを上手に行うことができれば、自分の業務の時間の一部をアカデミア的な研究に使えるようにするということも可能です。

また、海外の大学など日本以外のアカデミアで活動していくことも選択肢です。コロナ禍も落ち着いてきた今であれば、国を超えての海外のアカデミアでの活躍も再び現実的なものとなっています。

日本のアカデミアに残りながら変えていく

問題を実感できるのは、やはり当事者であるアカデミックキャリアを歩む若手研究者のみでしょう。厳しい環境の中で研究を行いながら、自分、そして将来の若手研究者のためにアカデミアを改革していくことは、非常に大変でしょうが、これも日本のアカデミアを持続可能なものにしていくために非常に重要な仕事の1つだと思われます。

かつての学生運動のような政治的な主張を込めた過激なパフォーマンスがいいとは思いませんが、現在60代の「しらけ世代」のような、政治的にも無関心で無責任で無気力な主義もまた、将来の若手研究者に良い影響を与えることは決してないでしょう。問題を気楽に先送りし、適当にごまかし、やり過ごしたところで、解決はしないのです。
若手研究者が協力して声をあげ、問題に向き合い、解決に向けて行動していくこともまた必要ではないでしょうか?

正しく声を上げる

若手研究者が声を上げるといっても、例えば、Twitterに書き込むのは、声を上げるにカウントできるかも怪しいのではないでしょうか?

https://www.mext.go.jp/mail/index.html

www.mext.go.jp

一人でも上記のような文部科学省の施策に意見や質問を投げかけることができます。
こういったことが正しい声の上げ方の1つだと思います。

歴史に倣ったアイデア

現在のアカデミアの一翼を担っているのは大学だと思います。
日本には、過去には大学と名のついたものもありましたが、現在の日本の大学の起源としては明治時代以降の近代国家の建設のための官僚や軍部、工業化を担う人材の育成のために、大学は設置されてきたといえます。その後、第二次世界大戦の敗戦後には様々な教育機関が統合された大学が生まれ、さらにイギリスなどで行われた新自由主義的な政策なども参考に実施された国立大学の法人化や運営費交付金の毎年1%の削減などが行われました。特に国立大学の法人化などは、最近の若手研究者の任期付きの雇用や若手研究者の研究環境の悪化にも関連があることでしょう。

ところで、この大学を意味する英単語は、学校を意味する"school"などではなく、"university"を使っているのではないでしょうか? この語源は以下のようになります。

「大学」に相当する英語“university”はラテン語“universus”(全体)の派生語“universitas”(共同体)を語源とするが,ヨーロッパ中世においてこの言
葉は組合(ギルド)の意味で用いられた.“universitas magistrorum et scholarum”(教師 ・ 学者の共同体)として使われ,それが“universitas”と短縮されて使われていたものである.その一方,英語“college”はやはりラテン語“collegium”に基づくが,この言葉
は「同僚,仲間,組合」を意味したのである.英語の“colleague”(同僚)はこの“collegium”が別途フランス語経由で英語に入ったものである.

組合という言葉が表すように,ヨーロッパにおける大学は,学問という共通の目的をもつ人々が,自分たちの立場や利益を守るために集まって生まれた組合組織である.

出典: 引用資料3

かつての、学問に取り組む自分たちの立場や利益を守るために生まれた組合である大学が、様々な歴史やフンボルトの教育理念などの様々な理念を経て、現代の大学となっています。

しかし、いま、若手研究者に必要なものは、真理の探究や知の探究に取り組む若手研究者である自分たちの立場や利益を守る組合ギルドなのではないでしょうか?

インターネットやSNSなども普及し、日本中の若手研究者とのコミュニティも作りやすくなっている現在だからこそ築ける組合もあるかもしれません。

これを読んだ読者の方はどういったアイデアが解決に繋がると考えますでしょうか?

Twitterでは #任ポス問題 といったハッシュタグも提案されているこの話題 (課題) ですが、若手研究者、そしてアカデミックキャリアを志す学生に明るい未来が訪れるような進展が起こることを期待しています。

引用資料

引用資料1

Twitter: 

https://twitter.com/Yh_Taguchi/status/1660766005902319616

引用資料2

科学技術政策担当大臣等政務三役と総合科学技術・イノベーション会議有識者議員との会合 sanko1_2.pdf
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20200806/sanko1_2.pdf

引用資料3

Bull.Nagano Coll.Nurs.長野県看護大学紀要7: 93-100,2005

https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F8243827&contentNo=1