化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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八面体錯体の配位子置換反応の反応速度式・アイゲン ウィルキンス機構とフオス・アイゲン式

八面体錯体は、さまざまな酸化数の金属に対して、多様な結合状態を形成する。よって、置換反応にも、さまざまな反応経路が予想される。しかし、八面体錯体のほとんどすべては交替機構で反応が進行する。
そこで反応を考えるうえで、その律速段階が会合性か、解離性であるかが重要となる。
反応機構の反応速度式を解析すると、I_a機構(会合性律速段階をもつ交替機構)とI_d機構(解離性律速段階をもつ交替機構)であるかを明確にするために必要な条件を明らかにすることができる。

ここで反応式をMを金属イオン、L、X、Yを配位子として、以下のように考える。

MLX + Y → X-ML-Y → MLY + X

これらの反応機構の違いは、律速段階がY-M結合の生成過程か、M-X結合の切断過程であるかとなる。

アイゲン・ウィルキンス機構

アイゲン・ウィルキンス機構は遭遇錯体が前駆平衡状態で形成され、この遭遇錯体から次の律速段階で生成物が生じる機構である。

配位子置換反応として、以下の反応を例に考える。

[Ni(OH2)6]2+ + NH3 → [Ni(OH2)5NH3 ]2+ + H2

アイゲン・ウィルキンス機構の第一段階は錯体ML6 と侵入基Yとが互いに拡散してきて接触する。上の式では、錯体は[Ni(OH2)6]2+に、侵入基はNH3となる。

[Ni(OH2)6]2+ + NH3 → {[Ni(OH2)6]2+,  NH3}

この二つの遭遇成分{A, B}は、溶媒中の拡散によって移動する能力が支配する速度で離れていく。

 {[Ni(OH2)6]2+,  NH3} → [Ni(OH2)6]2+ +NH3

水溶液中では、この遭遇錯体{A, B}の寿命は、1ns (ナノ秒) 程度である。そのため、2~3ns以上を要するすべての反応では、この遭遇錯体の生成を前駆平衡として扱うことができる。
そのため、前駆平衡定数K_Eを用いて、これらの濃度を表すことができる。

 \mathrm{ ML_6 +Y \rightleftharpoons \{ ML_6, Y \} }

 \displaystyle K_E = \mathrm{\frac{  [ \{ ML_6, Y  \} ] }{ [ML_6 ] + [ Y ] } }

この反応機構の第二段階は、反応の律速段階であり、遭遇錯体から生成物が生じる過程である。

{[Ni(OH2)6]2+,  NH3} →  [Ni(OH2)5NH3 ]2+ + H2

これを一般的に表すと、次のようになる。

{[ML6, Y} → ML5Y + L

速度kは次のようになる。

 k  \mathrm{ [ \{ ML_6 , Y \} ] }

一部が遭遇錯体として存在している点を、ML6 の濃度で考慮に入れる必要がある。
そのため、この反応を単純に

 \displaystyle  \mathrm{ [ \{ ML_6 , Y \} ] }  =   K_E \mathrm { [ML_6 ]  [ Y ] }

と表すことはできない。
錯体の全濃度は以下のように表される。

 \mathrm{ [M ]_{tot} = [ \{ ML_6 , Y \} ] } +  \mathrm { [ML_6 ] }

反応速度は次のようになる。

 \displaystyle 速度 = \frac{ k K_E [ \mathrm{M} ]_\mathrm{{tot}} [ \mathrm{Y} ]  }{ 1+ K_E [ \mathrm{Y} ]  }

上の式を完全に検証するために充分な広い濃度範囲で実験を行うことができることはほとんどない。しかし、侵入基の濃度が非常に低い場合には、  K_E [ \mathrm{Y} ] \ll 1であるため、次のように近似することができる。

 \displaystyle 速度 = k_{\mathrm{obs} } [ M ] _{\mathrm{tot} } [ Y ] 

  k_{\mathrm{obs} } = \mathrm{ k K_E}

  k_{\mathrm{obs} }は測定可能であり、 \mathrm{K_E} も測定、もしくは見積もることができる。
速度定数k k = k_{\mathrm{obs} } / \mathrm{ K_E}によって求めることができる。
I_d機構の反応は侵入基の求核性には、ほとんど影響を受けないことがわかっている。

Yが溶媒分子である場合には、錯体はつねに溶媒に囲まれている。そのため1つの溶媒分子が錯体から離れた場合でも、いつでも他の溶媒分子がそこに置き換わる状態である。よって、この会合平衡は"飽和"していると考えることができる。
この場合、  K_E [ \mathrm{Y} ] \gg 1であることから、 k_{\mathrm{obs}} =  kであり、溶媒との反応では  K_Eの値を見積もる必要はなくなる。また、他の侵入基との反応と直接比較することができる。

フオス・アイゲン式

フオス・アイゲン式を用いて、反応物同士のクーロン相互作用の強さと最近接距離を考慮することによって、前駆平衡定数を見積もることが可能である。

遭遇錯体の平衡定数K_Eは簡単な式で見積もることができる。
これは、大きなイオンは同じ電荷の小さいイオンよりも、反対電荷のイオンと頻繁に出会うことができるという考えに基づき、錯体の大きさと電荷とを考慮に入れようとしたものである。
これがフオス・アイゲン式であり、下記のようになる。

 \displaystyle K_E = \frac{4}{3} \pi a^3 N_A e^{-V/ RT}

ここでaは誘導率 \epsilonの媒体中で電荷z_1, z_2をもつイオンの最近接距離、Vはその距離におけるイオンのクーロンポテンシャルエネルギー ( z_1 z_2 e^2 / 4 \pi \epsilon a  )である。 N_Aはアボガドロ定数である。
式から導かれる値はイオンの電荷と半径の細かい点に強く依存するが、典型的には反応物が大きく(aが大きく)、互いに反対の電荷を帯びている(Vが負)場合には、遭遇錯体の生成が有利になる。反応物の1つが電荷を帯びていない場合には、V=0となり、 K_E = \frac{4}{3} \pi a^3 N_A となる。