料理と化学は切っても切れないほど、密接に結びついています。
一方で授業で教える内容が増えている中学校や高校の化学の授業では、料理との関係を詳細に学ぶ機会には乏しいかもしれません。
さて、X(旧Twitter)で、魚介の臭みと旨味調味料の味の素についての投稿が注目を集めています。
投稿内容は"冷凍エビは水+味の素につけて1時間つけて解凍すると美味しい"という投稿に対して、下記のコメントが付けられています。
魚介の臭みの原因はアルカリ性のトリメチルアミン(TMA)。これは魚の旨み成分のトリメチルアミンオキサイドが捕獲水揚げ後から分解されて発生してしまう。
味の素の主成分、グルタミン酸はこのTMAを捕捉して有機塩を形成することで、臭みを消去する。
こういう知識こそ中高で教えてあげてほしい。
魚介の臭みの原因はアルカリ性のトリメチルアミン(TMA)。これは魚の旨み成分のトリメチルアミンオキサイドが捕獲水揚げ後から分解されて発生してしまう。
— Risa Kitaguchi 北口梨沙 (@Risa_Kitaguchi) September 29, 2024
味の素の主成分、グルタミン酸はこのTMAを捕捉して有機塩を形成することで、臭みを消去する。
こういう知識こそ中高で教えてあげてほしい。 https://t.co/speEUoemIU
Xは投稿に文字数制限があることもあり、言葉足らずになることも多いため、この記事では、この内容を考察していきます。
魚介類の臭みの原因
魚介類の臭みについては、古くから研究が行われています。
この魚介の臭み(魚臭)の代表成分として、トリメチルアミン (TMA) が知られています。
実際に保存や加工された魚類を取り扱うと、特有の臭気を感じる機会があるはずです。
この魚臭の原因はタンパク質や脂質の分解によって、低分子の揮発性物質が生成することに由来しています。
魚臭成分としては、揮発性塩基類、揮発性カルボニル化合物、揮発性硫化物などがありますが、その中でもトリメチルアミン (TMA) は臭いの閾値が低い物質でもあり、魚類の臭みに関する研究で注目される物質の1つです。
このトリメチルアミン (TMA) は魚類などの海産動物組織に浸透圧調節のために含まれているトリメチルアミンオキシド (TMAO) の酵素的分解や加熱分解などによって生じるとされています。そのため、魚類の種類や貯蔵方法によりますが、保存(貯蔵)された魚類において、トリメチルアミン などの魚臭を感じるケースが多くなります。
魚類を利用して、美味しい料理を作成するためには、このトリメチルアミンが生じること自体を抑制する以外に、調理の過程で、魚類に生成したトリメチルアミンを抑制することも効果があります。
トリメチルアミンと中和反応
トリメチルアミンで魚臭を感じる理由の1つは、トリメチルアミンが揮発性の物質であり、食事などの際にこの臭いを鼻で感じることが原因です。
このトリメチルアミンは塩基性物質であるため、お酢やレモン汁などの酸性の調味料を加えることで、トリメチルアミンを中和し、揮発しにくい物質に反応させることで、食事の際に感じる魚類の臭いを抑制できます。
例えば、魚の煮つけの際に醬油などの調味料と一緒にお酢を入れるといった調理方法も良く知られています。
トリメチルアミンの臭いを酸で抑える効果については、実際に研究成果が報告されています。
報告では、有機酸 (乳酸、酢酸、リンゴ酸、コハク酸)がトリメチルアミンと反応し、塩形成が起こることで、抑臭作用が生じると考察されています。
また、アミノ酸でも、同様に抑臭が起こるものが確認されています。アミノ酸でも、酸性アミノ酸であるアスパラギン酸やグルタミン酸は強い抑臭効果を生じることが報告されています。
このように有機酸やアミノ酸の実験から、酸による塩形成は、トリメチルアミン抑臭作用に大きな効果があると考えられます。
味の素の主成分
うま味調味料として知られている"味の素"の主成分は、L−グルタミン酸ナトリウムです。
"グルタミン酸"と、塩である"グルタミン酸ナトリウム"の違いは大きいものです。
雑な例えですが、塩酸と食塩くらいの違いがあります。
グルタミン酸ではなく、グルタミン酸ナトリウムである味の素では、報告にあるようなグルタミン酸と同様の中和反応と塩形成による魚臭の抑制効果は期待できないでしょう。
緩衝効果
有機酸やアミノ酸によるトリメチルアミンの抑臭作用の報告では、有機酸やアミノ酸の緩衝効果についても検討されています。トリメチルアミン溶液に対して、有機酸とアミノ酸によるpHへの緩衝作用も抑臭に対して寄与する部分があります。
味の素だけでなければ、緩衝作用も利用することによる、魚臭を抑制する調理方法、下処理方法があるかもしれません。
解凍と味の素(うま味水)
味の素だけでは、中和反応により魚臭を取り除く効果は期待しにくいものです。
中和反応を活用するならば、よく知られているようにお酢やレモン水を活用した方が効果的でしょう。
一方で、味の素のサイトでも紹介されているように、解凍時失われたうま味を、味の素を加えることによって補い、美味しく調理することができます。
冷凍海老の解凍の場合においても、味の素を上手に活用することで、料理をさらに美味しくすることができるでしょう。
まとめ
料理のレシピには、"お酢を加える"や"味の素を加える"といった手順が書かれていますが、その理由や効果には化学反応が活かされているものも多くあります。
中学校や高校の理科や化学の授業では、中和反応は登場しますが、生徒のなかにはその内容が、こういった料理と結びついていないのは現実なのでしょう。
こういったテーマは生徒の関心を引き付けることができると思われますので、こういった内容も取り入れられた授業がますます進んでいくと良いのかもしれません。
参考資料
1. 引用したXの投稿のリンク:https://x.com/Risa_Kitaguchi/status/1840456548339855655
2. 木村 メイコ, 関 伸夫, 木村 郁夫, "0℃以下の温度におけるトリメチルアミン-N-オキシドの酵素的および非酵素的分解" 日本水産学会誌, 2002, 68 巻, 1 号, p. 85-91
https://doi.org/10.2331/suisan.68.85
3. 白石久二雄, 北村治滋, 杉沢博. "発酵調味液の有機酸アミノ酸によるトリメチルア ミンの抑臭効果." Nippon Shokuhin Kogyo Gakkaishi,1982, 29.6, 340-346.
https://web.archive.org/web/20181101050459id_/https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk1962/29/6/29_6_340/_pdf
4. 味の素業務用商品サイト: https://foodservice.ajinomoto.co.jp/article/ajitaro/ajitaro_vol01/