化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

理系の筆者が化学系の用語や論文、動画、ノウハウなどを紹介する化学ブログ

【論文紹介】Ni触媒による鈴木クロスカップリングによって有機フッ素化合物の合成が報告

ここ数十年で、フッ素を含む分子は薬として利用されるようになっており、その割合は全体の30%以上になっている。特に、gem-ジフルオロメチル類のような有機フッ素化合物は、薬効作用から薬に用いられる化合物として注目されている。

図1の(a)に紹介されているように、フッ素含有有機化合物は様々な薬効がある。

今回は、ニッケル触媒を用いてフッ素含有化合物の一種であるアリールジフルオロメチルアリールエーテルを簡単かつ効率的に合成する方法が報告された。

これまでの合成方法の変遷

図1 (a)薬効作用のあるフッ素化合物 (b)これまでの合成方法の変遷
出典:参考文献

アルキルジフルオロメチルアリールやアルキルジフルオロメチルアルキルエーテルと比べて、アリールジフルオロメチルアリールエーテルの合成条件は少なかった。

図1の(b)に合成方法の変遷が示されている。

図1(b)-(a)のように、1990年に強酸条件下にてXeF2によるジアリールケトンのフッ素化転位反応によってアリールジフルオロメチルアリールエーテルが合成された。その後もこの反応は中和剤の改良が報告されたが、フッ素化剤として用いるXeF2の取り扱いのしづらさや、基質との相性の悪さが課題であった。

合成方法としては、図1(b)-(b)のようなローソン試薬やアルキルジチオールを用いたエステルの酸化的脱硫フッ素化反応も一つの選択肢ではあったが、臭いの強い試薬を用いたり、不安定なフッ素化試薬の使用という欠点が残っていた。

その後、図1(b)-(c-I)のように、芳香族gem-ジフルオロメチルハライドやこれと等価なフェノール類を用いた直接求核置換によってアリールジフルオロメチルアリールエーテルが合成できることが報告された。

また、図1(b)-(c-II)のように、フルオロアルキルスルホン置換フェナスリジンをフェノール類でラジカル求核置換することで、1電子移動(single-electron transfer (SET))の反応経路によってアリールジフルオロメチルアリールエーテルが合成できることが報告され、その後、図1(b)-(c-III)のようにトリフルオロメチルアレーンを2, 4, 6-トリフェニルピリジンで活性化し、ルイスペアを介したC-F活性化を用いる方法も報告された。

しかしながら、これらの求核置換反応も厳しい反応条件と、基質の範囲が狭いという課題がある。

最近、図1(b)-(d-I)のように、アリールオキシジルフルオロ酢酸をAg触媒で脱炭酸することで、ヘテロアレーンの直接C-Hアリールオキシジフルオロメチル化が報告されたが、この方法はヘテロアリール化合物にしか用いることができなかった。

以上をまとめると、これまでの合成方法は反応条件が厳しかったり、フッ素系の試薬が複雑であったり、基質の範囲が限定的という課題があった。

そこで今回発表された論文は、Ni触媒を用いた鈴木クロスカップリング反応によって、アリールオキシジフルオロメチルエーテル類の合成方法が方向された。今回の合成方法は、出発原料の入手がしやすく、官能基の耐性が高い、反応条件が穏やかなどの特徴がある。

反応機構

図2 (a)~(f)各種反応条件での反応と(g)提唱された反応機構
出典:参考文献

図2-(a)~(f)に示すように、様々な反応条件によって反応を行うことによって、その反応の収率から、今回報告された反応の反応機構の検討が行われた。本論文で提唱されている反応機構は図2-(g)の通りであり、まずボロン酸を介してニッケル(II)種がその場で還元され、ニッケル(I)錯体(A)が生成し、これがアリールボロン酸(1)および、K2CO3とのとのトランスメタル化プロセスを経てアリールニッケル錯体 (B) となる。その後、アリールオキシジフルオロメチルブロマイド(2)との反応が1電子移動によって起こり、アリールニッケル(アリールオキシジフルオロメチル)錯体 (C) とアリールオキシジフルオロメチルラジカルを生成する。最後に、Ni(III)種(D)を還元的に除去し、生成物(3)または(7)が得られ、Ni(I)種(A)が再生される触媒サイクルによって、触媒反応が進行していると考えられる。

展望

今回、報告されたニッケル触媒を用いたアリールボロン酸とアリールジフルオロメトキシ臭化物のクロスカップリングを介したアリールジフルオロメチルエーテルの合成は、様々な官能基を持っている基質においても適用することができ、この反応は、将来的に多様や創薬反応に応用される可能性を秘めている。

参考文献

Lu, H., Xiao, RX., Shi, CY. et al

Synthesis of aryldifluoromethyl aryl ethers via nickel-catalyzed suzuki cross-coupling between aryloxydifluoromethyl bromides and boronic acids
Commun Chem 5, 78 (2022)

本論文にはCC BY 4.0のライセンスが付与されています。

doi.org