化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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無機化学の反応の種類・化合物の分類・分析手法

化学試薬

化学反応では、他の物質を合成、測定、検出するために使用される物質のことを試薬という。つまり化学では試薬とは、「化学反応を起こさせるために系に加える物質や化合物、もしくは反応が起きているかどうかを確認するために加える物質や化合物」である。化学反応は、合成はもちろん、別の物質の存在の検出を確認するために使用されることもある。例えば滴定などもその一つである。

反応物と試薬は同じ意味で使用されることが多い。一般的に反応物とは、「化学反応の過程で消費される物質」である。ただし、化学反応の過程で溶媒や触媒が関与する場合は、これらは反応物とはみなさない。

有機化学では、有機分子や金属塩/化合物が、実験室や工業的に重要な様々な有機反応において重要な役割を担っている。無機の合成反応においても、化学試薬の純度(グレード)は非常に重要である。化学試薬は一般的に、分光グレード、分析グレード(A.R.グレード)、合成グレード、実験グレード(L.R.グレード)に分類されている。
そのため、特に定性・定量といった用途に応じて、試薬のグレードを選択することが必要となる。どのような化学物質を使用する場合でも、最低限の品質を保つ必要があり、その純度はASTM Internationalなどの国際標準化機構によって決められている。

無機化学は、無機・有機金属化合物の合成と挙動を扱う化学であり、化学の基礎となる分野である。また、無機化学では、イオン結合、共有結合、配位結合、μ-結合、δ-結合、H-結合、弱い相互作用など、ほとんどの化学結合で構成される化合物を対象とする。無機化合物では、化学結合はその物理化学的性質を反映し、工業触媒、薬、光学材料、磁性材料、導電材料などの様々な材料への応用が研究されている。

ここでは、無機化学反応を利用して、配位子、有機金属、クラスター、生物無機、固体化合物など、さまざまな化合物を合成する化学反応剤の概要を説明する。

無機反応の種類

化学反応とは、一般的に反応物から生成物への変換の際に起こる、反応物の化学変化のことである。化学反応は、電子が結合の生成や解離に関与している。
無機化学の化学反応を種類によって、おおまかに分類すると以下のようになる。

結合反応

化学反応の一つで、2種類以上の反応物質が、自ら反応して生成物を生成する反応である。例えば、元素の硫黄が酸素分子と反応して、二酸化硫黄を生成する反応などが当てはまる。
 \mathrm{ S(s) + O_2 (g) \rightarrow SO_2 (g)    }

分解反応

一般的に分解反応は結合反応の反対の反応と捉えることができる。分解反応では、化学物質が2つ以上の物質に分解される。分解は、電気分解や加熱などによって起こる。
例えば、酸化水銀(II)が構成元素に分解されるといった例が挙げられる。

 \mathrm{ 2HgO (s) +heat \rightarrow  2Hg(l) + O_2 (g)   }

置換反応

置換反応は、化合物中の原子やイオンが他の原子やイオンに置き換わる反応である。単一の置換反応の例として、硫酸銅水溶液中の銅イオンが亜鉛イオンに置き換わり、硫酸亜鉛が生成する反応などが挙げられる。

 \mathrm{ Zn(s) +CuSO_4 (aq) \rightarrow Cu(s) + ZnSO_4 (aq) }   

無機化合物の分類

無機化学では、配位化合物、金属化合物、有機金属化合物、クラスター分子、生体化合物、超分子、配位高分子、触媒、磁性化合物などの分類がある。いくつかの分類について解説する。

配位化合物

配位化合物は無機化学で基礎的な化合物の一つである。主に配位子と金属イオンの間の配位結合があることが特徴である。

古典的な配位化合物では、H2O、NH3、Cl-、CN-などの配位子に存在している電子の単独電子対(lone pair(ローンペア))に金属が結合している点が特徴である。さらに様々な配位子をもつ配位化合物が研究されて、利用されるようになっている。
金属錯体の多くは、3d金属イオンを、主成分として、様々な配位子を用いている。
配位化学を築いた A. Werner は、さまざまな種類の配位分子を示した。また、配位子を古典的/ウェルナー型と非古典的/非ウェルナー型に分類した。一般的的に、配位子には13-17族の元素が多く含まれていることも特徴である。
一方で、H. Schiffの名前がつけられたシッフ塩基は、一級アミンとアルデヒドまたはケトン(RCH=NR′、RおよびR′はアルキルおよびアリールの置換基を表す)との縮合生成物で、複合化合物の調製に用いられている。

遷移金属化合物

4族から11族の金属イオンを持つ化合物は遷移金属化合物といわれる。3族、12族の金属を含む化合物も遷移金属に含まれることがあるが、典型元素化合物に分類されることが多い。
遷移金属化合物は配位数の種類が多く、配位数は3から12までとる。また配位した化合物の形状は四面体、四角平面、四角錐・三角両錐、八面体などがある。多くの遷移元素は、ヘムタンパク質中の鉄、呼吸に関わる炭酸脱水酵素中の亜鉛、窒素固定に関わる鉄とモリブデン、光合成の酸素発生複合体中のマンガン、ビタミン B12中の Co、ヘモシアニン中の Cuなど、生体内の金属酵素などで様々な役割を果たしている。

有機金属化合物

有機金属化合物は、少なくとも1つのM-C結合(M=金属)を含む、共有結合のみをもつ化合物である。金属(M)は典型元素または遷移金属元素である。また、有機金属化合物は、金属カルボニル、金属ニトロシル、金属アルコキシドなど、親油性の高い錯体も含まれている。有機金属化合物は、均一触媒や不均一触媒としても注目されている。

クラスター化合物

クラスター化合物は、金属クラスター、非金属クラスター、金属錯体クラスターに分類することができる。クラスターは、様々な化合物で存在している。
一般的な定義では、クラスターは最小で互いに直接結合している三角形の原子の集合である。そのため金属-金属結合のジ-/トリ-/ポリ金属錯体は、この分野に大きく関わっている。
クラスターは、無機化学系、有機金属化学、典型元素化学、生物無機化学などにも関わるものであり、非常に大きなクラスターとバルク固体との区別は、曖昧になってきている。

生体無機化合物

生物無機化合物は、化学において最も重要な化合物の一つであり、自然界の基本的なプロセスに密接に関係している。また、生物分野における化学的な研究においても重要である。DNA、RNA、光合成、酸素の輸送と貯蔵、窒素固定など、生物の様々な部分で生物無機化合物が関わっている。従来の生物無機化学は、呼吸に関連するタンパク質の電子・エネルギー移動に焦点を当てたものが多かったが、医薬関連の無機化学では、非必須元素と必須元素の両方を研究し、診断や治療に応用が進められている。

生体有機分子や薬物が金属イオンと結合すると、その生体模倣性、治療効果、薬理学的特性が大きく変化する。例えば、アミノ酸は金属原子と錯体を形成し、生物活性や酵素活性を示す。必須金属イオンとその錯体は、抗腫瘍、抗菌、細胞毒性、抗HIV活性を持つことが知られている。こういった錯体を研究することで、生物学な特性を明らかにすることは、医学や薬学分野へも貢献し、重要なものとなっている。

固体化合物

個体化合物は、物質の構造、結合、物理的性質に焦点を当てることが多い。固体無機化学は、結晶学などの手法を応用して、固体のサブユニット間の集団的相互作用から生じる構造と構造的側面について研究が行われる。また、金属およびその合金や金属間化合物も固体化学に含まれる。関連分野として、物性物理学、鉱物学、材料科学などがある。例えばシリコンチップや、ゼオライトなども、固体化学で取り上げられる一般的な材料である。

無機化合物の特性評価(キャラクタリゼーション)

溶解度試験

溶解度は、化合物の特性を理解するのに役立つ基本的なパラメータの1つである。合成された化合物は一般的に、水、エタノール、メタノール、ジメチルスルホキシドなどの極性溶媒や、ヘキサン、酢酸エチル、ベンゼンなどの非極性溶媒に対する溶解度を試験する。

融点

化合物の融点測定は、合成された配位子や金属錯体の固体状態での反応性のレベルを特定するために役立つ。また錯体の分子組成を予測するためにも、役立つ。

CHN分析

元素分析は、化合物中に存在する元素(特にC、H、N、O)の性質を調べる方法として、現在でも重要なものである。また、化合物中の炭素、窒素、水素の存在比を分析することで、文献に記載されている化合物の分類の決定にも役立つ。

金属錯体の構造解析

無機錯体の構造決定には、様々な分光学的手法が利用される。その中でも元素分析、FT-IR、UV-Vis、NMR、EPR、質量分析、熱重量分析は最も一般的な手法であり、世界中で広く利用されている。
また、詳細な構造形状を決定する上で最も信頼できる手法は、単結晶X線回折である。単結晶X線解析は、3次元構造中の原子位置を絶対的に正確に特定するのに非常に強力な手法である。

電子分光法

すべての錯体のUV-Visスペクトルは、200~1100 nmの波長範囲で様々な溶媒を使用して分光光度計で測定される。

磁化率

固体状態の錯体の磁化率測定は、金属を校正物質として室温でグーイー天秤により決定される。

モル導電率

モル導電率は、導電率計で測定される。

赤外分光法(IR)

赤外分光分析は最も広く用いられている分析手法の一つであり、分子内の様々な機能性発色団を割り当てるために利用されている。
配位子と金属イオンの結合は、遊離配位子と化合物のIRスペクトルを比較することで容易に検出することができる。このスペクトル分析の原理は、伸縮モードの変化を調べることである。

1H NMR分光法

プロトン核磁気共鳴(NMR)は、化学種の形状と骨格構造を決定するための最も優れた分析方法である。さらに、金属錯体形成における配位子と金属イオンの関与もこの手法で予測することができる。配位子の骨格におけるH原子の位置に関連するケミカルシフトは、プロトン移動機構や有機金属骨格など、物質科学のさまざまな応用において非常に重要である。

ESR分光法

電子スピン共鳴分光法は、無機化合物中の金属イオンや遊離配位子のスピン状態を検出するための基本的な手法の一つである。電子スピン共鳴は、金属錯体の構造的特徴の分析だけでなく、化学結合においても重要な手法である。触媒の反応経路や配位子中心のラジカルの生成などの分析でも重要である。

熱分析

合成した錯体の熱的挙動を調べ、さまざまな分解過程を確立し、提案した化学量論的性質を確認するために用いられている。合成した錯体の熱挙動は、TGA/DTG および DTA 法に基づいて評価される。熱分析は、金属錯体の安定性、融点、構造、分解特性の研究において非常に重要である。

単結晶X線回折分析

無機錯体の立体構造を決定する最も確実な方法は、単結晶X線回折実験である。単結晶X線回折は、分子内の完璧な原子位置を特定するために非常に強力な手法である。

参考文献

C. Saravanan and B. Biswas
Chemical Reactions in Inorganic Chemistry