化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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【錯体化学】配位子場遷移と電荷移動遷移・分光化学系列

配位子場遷移と電荷移動遷移

遷移金属錯体は特有の色を示すものも多い。そのため、可視吸収スペクトルなどを測定すると、可視領域に特有の吸収が表れる。吸収は錯体の分子軌道では、電子によって占有されたエネルギー準位から空のエネルギー準位へ電子が可視光によって励起されることに由来している。遷移可能な軌道の間のエネルギー差をΔとすると、吸収振動νはΔ=hνとなる。

光による励起によって起こる電子遷移は大きく2種類に分類することができる。

遷移可能な分子軌道が両方とも、主に金属のd性をもつ場合はd-d遷移もしくは配位子場遷移という。吸収波長は配位子場分裂の大きさに依存する。

片方の軌道は金属性が大きく、他方の軌道は配位子性が大きい場合は、電荷移動遷移(charge transfer transition)といわれる。さらに、金属(Metal)から配位子(Ligand)への電荷移動(MLCT)と配位子から金属への電荷移動(LMCT)の2種類に区別される。

正八面体型錯体のスペクトルは古くから研究されており、知見が豊富である。d電子が1個しかない場合はシンプルである。具体例としては[Ti(OH2)6]3+がd1イオンである。1個の電子は正八面体型配位子場によって分裂したt2g軌道を占める。この電子がeg軌道に光によって励起される場合、492 nmに吸収が表れ、これによって紫色を呈する。

1個以上のd電子をもつ錯体の場合、電子間に反発相互作用があるため、d-d遷移によるスペクトルは複数の吸収をのつ。例えばd3錯体である[Cr(NH3)6]3+は400 nm領域に2本のd-d吸収を示す。これは電子遷移が可能であり、遷移確率が高い分子軌道の組が2本あることを表している。つまり、t2g軌道にある3個の電子がeg軌道に励起された場合、電子間反発のためにエネルギー差が2種類になることを意味している。

d1からd9の場合について、配位子場理論に基づく計算から田辺-菅野ダイアグラムが作られ、広く活用されている。

d-dスペクトルの出現は、電子によって占有された軌道と空の軌道のエネルギー差が紫外・可視部のエネルギーに一致すること以外に、選択律によって許容遷移であること、遷移確率が十分に大きいことが必要である。

電子移動吸収は配位子場吸収に比べて、一般に吸収の強度が大きくなる。LMCTは配位子が比較的高いエネルギーの非結合電子対をもっている場合か、金属が低い空の軌道をもっている場合に起こる。一方で、MLCTは配位子に低いπ*軌道がある場合に起こりやすく、ビピリジン錯体などで起こる。例えばルテニウム錯体[Ru(bipy)3]2+のMLCTによる励起状態の寿命が長く、多く研究されてきた。

分光化学系列

配位子場分裂パラメーターΔOの大きさは、主に配位子によって決定されることが多い。この配位子場分裂の大きさを配位子によって比較した経験則を分光化学系列という。この分光化学系列は中心金属、酸化状態、配位子などが同じであり、配位子のみが異なる錯体のスペクトルを測定したときの、吸収位置の順番から提唱された。π受容性をもっている配位子が高い位置にある。具体的には次のような順番である。

CH3-~CO>CN->NO2->phen>bpy>en>NH3>NCS->H2O>ONO->OH->F->NO3->Cl->SCN->S2->Br->I-

ここでphenは1,10-フェナントロリン、bpyは2,2'-ビピリジン、enはエチレンジアミンを示す。

この順にΔOが大きくなるが、配位子によって中心金属や中心金属の酸化状態などにも依存する。

ΔOは3d金属よりも4d金属、5d金属のほうが大きく、酸化数が大きくなるとΔOは大きくなる。ΔOの大きさは電子スペクトルにおける吸収位置と関係し、配位子の分光化学系列の位置を決める要因となる。ハロゲンやアクア配位子などのπ供与性の配位子の場合は、π結合の寄与によって吸収波長が長くなる。一方で、カルボニルやオレフィンなどのπ受容性の配位子は吸収波長が短くなる。