化学徒の備忘録

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ヤーン・テラー効果とレナー・テラー効果

ヤーン・テラー効果 (Jahn-Teller effect)

ヤーン・テラー効果 (ヤーンテラー効果、Jahn-Teller effect) とは、非直線性多原子分子や固体内の原子団において、原子配列が正多角形や正多面体などの高い対象性をもつ場合に、電子状態が縮退することがあるが、このような場合に、低い対称性の配置となって、縮退を解いたほうがエネルギー的に安定になるため、対称性の低い配置をとる効果のことである。

例えば、正八面体や正四面体などの構造をもつ錯体ではd軌道は分裂している。しかしながら、d軌道の縮重は残っている。このような錯体では、ヤーン・テラー効果によって分子の形が歪むことによって、分子がさらに安定化する場合がある。

また、八面体配位子場にある遷移金属のd電子配置がd4やd7、d9配置を取る場合は、ヤーン・テラー効果によって六配位八面体の一つの軸がほかの軸に対して、伸びるか縮むかして、対称性の低い形となる。

特にCu2+の錯体ではヤーン・テラー効果によって、正八面体より上下が伸びた正方対称のほうが安定であるため、正方対称の形となる。

ヤーン・テラー効果とひずみ

例えば八面体が自発的にひずむ場合、弾性エネルギーの損失がひずみによる電子系のエネルギーの利得と競合し、ひずんだ状態がエネルギー的に有利になることがある。これがヤーンテラー効果である。

 

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上図のように八面体配位がひずむことでt2gとeg軌道が分裂する。eg軌道の1つに電子が入るため、このひずみでエネルギーが下がる。dxyとdyzが下がることによるエネルギーの利得はdxy軌道が上がることで相殺されている。

八面体配位のマンガンイオンを例に挙げると、Mn3+イオン(3d4)はヤーン・テラー効果が起きるが、Mn4+イオン(3d3)はひずみによる電子系のエネルギーの低下が少ないので、ヤーン・テラー効果は起きない。

ヤーン・テラー効果の現象論レベルの理解

ヤーン・テラー効果を現象論レベルで理解するために、系のひずみがパラメーターQで表せると考える。Qは適当な基準振動の座標方向のひずみの大きさである。

ひずむためにはエネルギーが必要である。ここで、ひずむためのエネルギーをQの二次式で表すと次のようになる。

E(Q)=\frac{1}{2} M\omega ^2Q ^2

 ここでMは陰イオンの質量、\omegaはここで考えている基準振動の角振動数である。

これをグラフに表すと下の図の左のような関係になる。最小のひずみエネルギーは0であり、それはQ = 0つまり、ひずみがないときである。

ひずむことによってある軌道のエネルギーは上昇するが、他の軌道のエネルギーは低下する。すべての軌道に電子が入っているか、すべての軌道に電子が入っていない場合には、全エネルギーは単純に上の式のままであり、実際にひずむことはない。

しかしながら、一部の軌道に電子が入っている場合には、系全体のエネルギーが低下する。電子系のエネルギーの[tex;Q]依存性は複雑であるが、ひずみが小さい条件ではエネルギーをQでテイラー展開して、1次の項だけで考えられる。

そこである軌道のエネルギーが電子系のエネルギーの増減に対応してAQまたは-AQの項をもつとする。ここでAは適当な正の定数とする。

以上より、全エネルギーE(Q)は電子系のエネルギーと弾性エネルギーの和として、次のように表すことができる。

 E(Q)= \pm AQ+\frac{1}{2} M \omega^2 Q^2

ここでAQの項は正負の符号をとれるため、上図の右の図のように2つの曲線が得られる。軌道エネルギーの最小値は \frac{\partial E}{\partial Q}=0の条件で決まる。ここで、一方を考えると、Qの値が次のようになる場合にエネルギーが最小となる。

 Q = \frac{A}{M \omega^2}

このときエネルギーの最小値は次の値が得られる。

 E_{min} = \frac{ -A^2 }{ 2 M \omega^2}

このエネルギーは負である。よって、ここで考えている、ある軌道だけが占有されている場合、系は自発的にひずんで全体のエネルギーを下げることになる。

ここまで考えてきた状況は自発ひずみは八面体の特定の軸に固定されているので、本質的には静的ヤーン・テラー効果である。

しかしながら、高温ではひずみがある軸から別の軸に移り変わることがあり、これを動的ヤーン・テラー効果という。

さらに違う動的効果として、ひずみがサイトからサイトへ高速で飛び移るものがあり、Mn3+イオンとMn4+イオンが混在する物質などで起こることがある。

また、DyVO4のような物質では、臨界温度以下で各配位多面体のヤーンテラーひずみが結晶全体にわたって協力的に起きることがあり、協力的ヤーン・テラー効果という。 

レナー・テラー効果 (Renner-Teller effect)

3原子以上の直線分子では、結合軸まわりの電子の軌道角運動量と変角振動に伴う振動の角運動量が結合することによって、変角振動の変位に伴い、縮重した電子状態が二つに分裂することがある。これをレナー・テラー分裂という。

直線分子では、このような電子と振動の相互作用 (振電相互作用) が大きい場合、変角振動変位の二つの対称的な位置にエネルギー極小点が生じる。そのため分子は曲がった平衡構造をもつ。このような効果をレナー・テラー効果という。