化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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【論文紹介】MOFに関する論文に多数のデータの使い回しの疑い

結晶学に関する論文で800報以上の論文で、架空の金属有機構造体(Metal-Organic Frameworks, MOF)や、架空のMOFの医療分野への応用についての論文が出版されている可能性について、指摘している論文を紹介します。

doi.org

研究職やアカデミックポストを目指す研究者にとって、学術論文の投稿と出版が、研究者の能力の指標の一つとなっています。そこで論文を出版するために、必要なデータの捏造や悪意のあるデータの加工などを行って、論文を投稿し、そういった論文が出版されるという事件が、残念ながら日本の研究室からも何度も起こっています。また、論文の著者が論文の原稿を執筆するということは当然のはずですが、実際には論文の執筆のゴーストライターも問題となっています。

この論文では、多孔性配位高分子(PCP)、もしくは金属有機構造体(Metal-Organic Frameworks, MOF)に関する論文に関する調査の結果が報告されています。MOFは有機化合物である配位子と金属イオンがジャングルジムのような3次元の構造を形成したものです。そのため有機配位子や金属イオンを変えることによって、様々な特性をもつMOFを合成することができ、MOFの穴の大きさなども自由に変えることができる可能性を持っていることから、分子の分離や貯蔵、触媒反応など様々な分野への応用が期待されている物質です。このMOFの応用先の一つとして、医療分野への応用も検討されています。今回紹介している論文で指摘している論文はMOFの医療分野への応用に関する論文が主です。

問題点の指摘

取り上げられた論文の問題の一つとして、結晶構造に用いた図の複製が指摘されています。MOFなどの規則的な結晶構造を持つ物質に対して、結晶構造を調べる代表的な手法が、X線回折(XRD)測定です。一般的なMOFに関する論文では、大きな単結晶を得ることは難しく、XRD測定も粉末X線回折(PXRD)測定のプロット結果が掲載されることが多いです。しかしながら、こういった不正を疑われている論文の筆者らは、大きな単結晶が得られたと主張しているようであり、この部分も正しいのか疑われています。

さらに、熱重量分析(TGA)、赤外分光法(FTIR)、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などの結果によって、合成したMOFについての情報を補完することが一般的ですが、こういった測定結果も使い回されているようです。図1はTGAの結果を比較した図ですが、完全に一致していることがわかります。通常の実験では、ここまで誤差なく一致するという現象は、なかなか起こり得ないでしょう。

図1 TGAの結果の比較 出典より

また結晶学の研究者は結晶構造解析のパラメーターと結果をCambridge Crystallographic Data Center (CCDC) のデータベースに登録し、そのリンクを論文に掲載するということを行っています。ここで取り上げられている論文でも、CCDCへの登録が行われていることが確認されています。しかしながら、100以上の結晶構造の結果が論文の著者と関係がないと思われる研究者に関連づけられて登録されているようです。

また、取り上げられている論文に使われているCCDCの「Crystallographer」「Affiliation」欄には、「wferf」「ewfer」などキーボードで適当に記入したと思われる結果が確認されています。

これらの結果から、結晶構造のデータベースに大量の捏造データが登録されている可能性があると考えられます。

また図2のように、ウェスタンブロットによるタンパク質発現のデータも使いまわしが行われている可能性があると指摘されています。これらの3つの論文の結果が、別々に行われた実験のデータ出会った場合、ここまで一致する可能性は非常に低いと思われます。

図2 出典より

他にも、この論文中では、画像の使いまわしや、専門用語の誤用などが多数、指摘されています。

現状では、こういった論文の被引用数は、1以下ですが、こういった論文が大量に存在することによって、科学の発展を阻害する危険性が示唆されています。またこういった論文が出版されている原因として、MOFに詳しい化学者や物理学者でも、他分野である生物分野への知見がないために、MOFの医療分野への応用に関する論文の査読が十分に機能していない可能性も指摘されています。

出典

Better Living through Coordination Chemistry: A descriptive study of a prolific papermill that combines crystallography and medicine

David Bimler

doi.org

本論文にはCC BY 4.0のライセンスが付与されています。

本論文はプレプリントであり、2022年4月28日時点でUnder Revisionとなっています。