化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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【理系研究】論文投稿は査読ガチャってホントなの?

査読ガチャ

査読ガチャって聞いたことはありますか?

厳密な定義は無いと思われますが、論文投稿の査読のプロセスにおいて、どのような査読者(reviewer) が査読するかが、論文の掲載受理(accept)のされやすさに影響することだといえると思います。

正確な起源を断定することはおそらく不可能だと思いますが、比較的ここ最近、大学の学生、特に研究室に所属している大学院生が中心に使っている言葉だと認識しています。いわゆるガチャやガチャポンは昔からあり、ガラケーのゲームでもガチャといわれた抽選がありましたが、最近はスマートフォンアプリのゲームなどでガチャといわれる抽選が、より身近に普及してきた影響だと思います。

ここでは、論文を投稿したことがない人へ向けて、"査読とは?" "査読ガチャって本当か"を解説していきます。

論文投稿の査読とは?

学術論文を執筆すると、論文を学術雑誌に掲載をお願い(申請)します。これが論文の投稿です。

Youtubeに動画をアップロードするように、自分で論文をどこかに掲載して終わりとはいきません。

なぜなら、論文が査読というプロセスを経て、雑誌に掲載された査読付き論文であるか、そうでないかで、業績としての価値に天と地ほどの差がうまれます。

そして研究者にとって、論文がどの雑誌に掲載されるかも非常に重要です。なぜなら雑誌にもブランドやレベルがあり、論文が掲載されている雑誌のレベルで、論文の評価が行われてしまうことも少なくありません。

例えば漫画に例えると、週刊少年ジャンプのような雑誌に掲載されている漫画は、あまり知られていない漫画アプリに掲載されている漫画より、おもしろい漫画なのでは?と思われるようなものです。そして週刊少年ジャンプ(集英社)に持ち込みされた漫画が全て週刊少年ジャンプに掲載されるわけではありません。

同じように、論文が雑誌に投稿されても、全ての論文が掲載されるわけではありません。この審査が査読です。そして論文が掲載されることが決まることをアクセプト(accept)、論文の掲載が拒否されることをリジェクト(reject)といっています。

先輩の研究者が研究室やtwitterなどのSNSで、アクセプトやリジェクトで一喜一憂している場合は、だいたいこれです。

実際に、論文を投稿すると、まず編集者(editor)がチェックします。

例えば

  • 投稿された論文の分野が雑誌にあっているか
  • 投稿された論文に剽窃 (他の論文のコピペ)がないか

などが、まずチェックされます。当然、レベルの高い有名な雑誌は、この編集者のチェックでリジェクトされることもあります。この審査を乗り越えた次の段階が査読です。

編集者は、投稿された論文を査読者(reviewer)に、雑誌に掲載する価値がある論文かどうかをチェックしてもらいます。これがいわゆる査読です。

査読者は論文を読んで確認し

  • accept : 論文に全く問題がなく、このまま掲載することを推薦する
  • Major revision : 論文に追加の実験や追記などの修正を指示する
  • Minor revision : 論文に追加の修正を指示する
  • reject : 論文の掲載を拒否することを進言する

などの判断を行います。また、多くの場合は、査読者は2~3人程度です。そして査読者が誰かは、論文を投稿した研究者には発表されません。

当然、これには時間がかかるため、論文を投稿して、査読の結果が出るまでには一ヶ月以上かかることもあります。論文を早く発表したい研究者にとっては、待ち遠しい時間でもあります。

そして、この査読結果を編集者が受け取り、最終的な判断を投稿者へ返信します。

ちなみにある程度の質の論文では、大部分の場合は結果は、Major revision か Minor revisionです。おそらく何十報と論文を発表した研究者でも、revisionなく論文が掲載されたケースは、片手で数えられるくらいでしょう。

その後、論文の投稿者は、査読の結果を受けて、査読者への返信を作成し、それを編集者へ送ります。その返信内容を査読者が確認して、その結果を編集者へ伝えて、とやり取りを繰り返し、編集者や査読者が論文を掲載する(accept)と決定したら、論文が掲載されます。ただし、この査読結果についてのやり取りの過程で論文が不受理(reject)となることもあります。

査読ガチャ?!

では、査読ガチャはあるのでしょうか?

答えは 査読ガチャはあります! です。

大学生だと、同じ大学の同じ成績の基準の講義であるにも関わらず、あの先生の講義は楽とか、あの先生の評価は厳しいという話を聞いた経験がある人も多いと思います。これと似たようなことが起こると想像してみればいいと思います。ただし、状況や理由は大学の成績とは大きく異なります。

また、査読の結果を受け取った側も、査読ガチャに気づきやすい構図があります。
査読は、2人以上から行われることが多いため、複数の査読者のコメントを比較すると、この査読者だけ、指摘が極端に多かったとか、この査読者だけ指摘が的外れと気づきやすくなります。

さて、どうして査読ガチャになってしまうのでしょうか?

1. 論文と査読のミスマッチ

1つは、研究の専門性、最先端性、複雑化による原因です。

そもそも、論文は他の誰も発表していない研究に関する内容です。さらに、最近は、共同研究や複合領域の研究など、1つの論文でも複数の分野にまたがる研究が行われていることがあります。

一方で、研究者も自身の専門分野を持っていますが、その専門の数は決して多くはありません。つまり極端な例として、有機合成分野でトップの研究者でも、無機化学の知識は大学院生に劣るといったことがあっても不思議ではありません。

編集者は、ある程度、査読者の専門性を判断して、論文の査読を依頼するわけですが、論文と査読者の専門分野が完全に一致していないミスマッチの場合、論文の解釈や、返信の指摘にズレが生じることがあります。

また、逆のパターンとして、研究者が新しい分野の研究に挑戦して、論文を書くケースもあります。その場合に、もちろん研究者はできる限りを調べて論文を執筆しています。しかし、このパターンで査読者が専門分野に完全に一致していた場合に、この分析が行われていない、この分野ではよくこういった反論があるがそれに対する考察がないといった粗が多く見つかってしまうこともあります。

こういった様々な場合に、査読者の指摘内容が通常のレベルの査読でのコメントよりも、ズレたものや指摘が厳しいものとなります。中には、本当に論文を読んだのか?と疑ってしまうようなコメントが来るかもしれません。

そして当然、返信の対応に必要な内容も多くなり、査読に対する返信の難易度が上がります。

2. 重箱の隅をつつきやすい

まず、多くの論文にはページ数などの制限があります。すべての実験結果や考察を書くことができるわけではありません。

また、ほとんどの研究者は、時間、予算、人手、実験装置などで制限があり、行いたい実験を全て完璧に行おうとすると、論文を投稿するまでに非常に長いプロセスが必要になることも少なくありません。

そこで、研究者はこのレベルまで実験を行っていれば、自分の仮説や主張を示すことができると、判断を下し、論文の投稿を行います。

当然ながら、重箱の隅をつつくような指摘をしようと思えば、できてしまうものです。

また査読者の心理として、指摘したい部分がいくつか見つかった場合、それを全て指摘しないで、問題なし判断するということもしにくいのではないでしょうか?

さらにこれまでの慣習として、Major revision や Minor revisionの判断は多かったのです。
これらを踏まえて、気になった部分を指摘しようと査読者が考えた時に、査読者によって、どこまでコメントをするかの基準は、査読者に依存するため、査読コメントに差が生まれてしまいます。

査読ガチャの何が問題か?

査読で徹底的に議論を繰り返して、論文を掲載したほうがいいのでは?と思う人もいるかもしれません。

査読ガチャによる一番の弊害は、査読者への返信次第で、時間や手間が大きくかかってしまうことです。

基本的に、査読が終わって論文が受理されてから、論文は業績になります。

逆にいうと、研究が完了していても、査読が終わっていなければ、業績としては、弱くなります。

また競争が激しい分野であれば、論文として発表できれば、その内容を学会やシンポジウムなどで堂々と発表できますが、論文として発表していない場合、競争相手に参考にされることを恐れて、発表を避ける判断をすることもあるでしょう。

そして特に博士課程の場合は、博士号の審査などで、論文が受理されている必要があることもあります。当然、査読とそのやり取りに何か月もかけていると、学位の申請に影響することすら考えられます。

こういった部分で、特に論文の投稿者に問題が生じてしまいます。

また、論文として研究内容が世に出ることが遅れると、科学技術の進歩の遅れにもつながります。特に査読結果がMajor revision や Minor revisionであって、丁寧に返信したにも関わらず、査読者が納得できずにrejectになった場合は、別の雑誌に再投稿することになります。こうなると、研究結果が世に発表されるまでが、数か月から半年以上遅れるということになっても不思議ではありません。

査読への返信は誠心誠意心を込めて

査読ガチャによって、いってみればハズレの結果にあたってしまうこともあると思います。その場合でも査読への返信は、誠心誠意行い、自分の意見を論理的に主張しましょう。感情的に返信するなどは厳禁です。

特に査読は、査読者は無報酬の善意のボランティアで行っている場合がほとんどです。

返信は大変になることもありますが、場合によっては、論文や文献を引用し、自分の意見を補強していくと、相手を的確に説得することができるはずです。