化学徒の備忘録

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核オーバーハウザー効果:NOEと正のNOE・負のNOE

核オーバーハウザー効果:NOEとは

核オーバーハウザー効果 (nuclear Overhauser effect, NOE) とは、二つの核が空間的に近い位置にあり、双極子相互作用が強い場合、一つの核の共鳴シグナルを飽和させたとき、他の共鳴シグナルの強度が増加や減少のように変化する現象である。

例えば、化合物のある水素核1Hに弱いラジオ波を照射して測定すると、これと空間的に近い位置にある水素核1Hのシグナルの強度が増大する。

また炭素核13CのNMRの測定の際、水素核1Hを照射して飽和させる(ノイズデカップリング)ことで、水素と結合している炭素のシグナル強度が増大する。

NOEは双極子-双極子緩和機構によって起きる。そのため、スピン結合している必要はない。つまり化学結合していなくても、空間的に近接しているだけでNOE現象は起こる。これを利用することで、各同士の空間距離や有機化合物の立体配座を見積もることが可能である。また、スペクトル強度の増加を利用してS/N比を向上させることもできる。

ある有機化合物分子に属する核スピン1/2のA核とB核を考える。この核は空間的に近くにあり、双極子-双極子相互作用をしているとする。この二つの核は核磁気モーメントをもっている核同士ならば、同核でも異核でもよく、スピン-スピン結合していてもよい。

外部磁場中での熱平衡状態において、A核とB核からなる双極子-双極子相互作用系のエネルギー準位と核スピンの専有数が図のようになっていると考える。

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エネルギー準位図

まず、A核の共鳴周波数をもつ弱いラジオ波を連続的に照射して、A1、A2の遷移を飽和させる。このとき、上の準位に上がる核スピンと下の準位に落ちる核スピンの数が同じになり、E1とE3はそれぞれn+δ個、E2とE4はそれぞれn-δ個で等しくなる。

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ラジオ波照射後のエネルギー準位図

このとき、双極子-双極子緩和機構が主であるため、E1とE4の間やE2とE3の間の禁制遷移が起こることが可能な状態となる。そして、これらが吸収されたラジオ波のエネルギーの逃げ道として働く。

その結果、x個の核スピンがE4からE1の禁制遷移で移動すると、図のような専有数の変化が起こり、B1とB2の遷移に相当するシグナルはxだけ強度が増す。

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正のNOEのエネルギー準位図

一方、E3からE2の禁制遷移の場合には、図のようにxだけ強度が減る。

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負のNOEのエネルギー準位図

この核スピンの禁制遷移による専有数の変化の結果、NOEのシグナルの強度変化が起こる。

E4からE1への遷移は主に分子量が数百以下である小さい分子の場合に起こる。また、シグナル強度の増大をもたらすため正のNOEといわれる。

逆にE3からE2への遷移は高分子など分子量が大きい有機化合物で起きる場合が多い。また、シグナル強度は減少するため、負のNOEといわれる。

NOEとスペクトル強度の変化

NOEによるスペクトル強度の変化を考えたとき、双極子-双極子相互作用の他の緩和機構が大きく寄与している場合、NOEによるスペクトル強度の変化は減少する。

また、NOEによるスペクトル強度には理論的な最大値がある。

異種核間の最大NOE係数はシグナル強度の増減の最大値を表し、次の式で決定される。

最大NOE係数  \displaystyle = \frac{1}{2} \frac{\gamma_X}{\gamma_A}

ここで、\gamma_Xは照射される核の核磁気回転比、\gamma_Aは観測核の核磁気回転比である。最大NOE係数は水素核1H同士では、最大で0.5なのでシグナル強度の増加は最大50%程度である。一方、H-C核のような異核では、200%の強度の増大を示す。

また、NOEによる核間の距離の見積もりには、NOEの増加率が核間距離rの6乗に反比例することを利用して行われ、分子の構造解析などにも利用される。

また、NOEを二次元NMRに適用したものがNOESYスペクトルである。