化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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NMRの縦緩和・横緩和・(スピン-格子緩和・スピン-スピン緩和)・緩和時間について

NMRの緩和について

核磁気共鳴での緩和について、同時に起こる独立した2つの過程が存在すると考えることができる。

まず、緩和についてエネルギー的に考えると、磁石の中に置かれ、核磁気共鳴現象が起こっていない状態では、ボルツマン分布に従って、核スピンは高いエネルギー準位と低いエネルギー準位にそれぞれ存在していると考えられる。この高いエネルギー準位に存在する核スピンより低いエネルギー準位に存在する核スピンの方が少し多い。

緩和は、この少し多く存在する低いエネルギー準位の核スピンがエネルギーを吸収した後、吸収したエネルギーを放出し、元のエネルギー分布に戻る過程となる。

一方で、緩和について核スピンの位相の観点から考える。核スピンに注目すると、磁石の中に置かれ、核磁気共鳴現象が起こっていない状態では、核スピンは歳差運動をしている。この歳差運動をしている状態をある時点で観測すると、核スピンの矢印の向きはバラバラであり、それぞれ異なる方向を向いている。これを、歳差運動の位相が異なるといい、ランダムな状態という。

NMRのラジオ波を照射した直後は、位相がそろい、核スピンの矢印は同じ方向を向いている。この位相がそろっている状態をコヒーレントな状態という。

核磁気共鳴では、エネルギーが吸収された秩序だった状態をコヒーレントな状態ということができ、エネルギーが放出された乱雑な状態をランダムな状態ということもできる。

つまり、緩和という現象は、吸収したエネルギーの放出過程と、核スピンの歳差運動の位相がコヒーレントからランダムに戻る過程という、同時に起こる独立した2つの過程が存在する。

縦緩和(スピン-格子緩和)・横緩和(スピン-スピン緩和)

吸収したエネルギーの放出過程のことを縦緩和もしくはスピン-格子緩和(T_1)という。

核スピンの歳差運動の位相がコヒーレントからランダムに戻る過程を、横緩和もしくはスピン-スピン緩和(T_2)という。

縦緩和、横緩和の縦と横は、外部磁場の方向を縦としたときの、各緩和過程を検出できるコイルの方向を表している。

縦緩和のシグナルは、外部磁場の方向に沿ったコイルによって検出される。横緩和のシグナルは、外部磁場に対して垂直な方向に設置したコイルによって検出される。

また、スピン-格子緩和は、主に格子振動という過程を経ることで核スピンのエネルギーが熱的に放出されることを意味している。

スピン-スピン緩和は、主に核スピン同士が相手の磁場の不均一な揺れを感じることで、コヒーレントからランダムな状態に戻るということを意味している。

NMRの緩和時間について

緩和時間は、観測する核のスピン量子数によって、大きく異なる。スピン量子数I > \frac{1}{2}の四極子核では、I = \frac{1}{2}の核よりも早く緩和する。

緩和時間が短い場合、スペクトルとして観測するシグナルの線幅は広がり、分解能は落ちる。

スピン量子数I = \frac{1}{2}の核でも、四級炭素の13C核では、水素核とのスピン-スピン緩和機構が無いため、緩和が遅くなり、強度の低いシグナルとなる。

また、固体や粘度の高い液体のNMR測定を行うと、線幅は広くなる。

固相中では、まわりの核の動きが鈍く、磁場環境は平均化されずに大きな不均一性を示す。

その影響を受けやすい横緩和時間が相対的に短くなり、線幅は広くなる。

FT-NMR装置では、1回の測定時間はサンプルの緩和時間に大きく影響される。緩和時間を考慮せずに不適切な値で測定を行うと、本来現れるシグナルが見えなくなる場合もある。

一般的に1H水素核や13C炭素核の緩和時間は、数ミリ秒から数秒である。