原子価殻電子対反発則(VSEPR理論)について
典型元素によって構成される分子の構造を定性的に予測する古典的な理論として原子価殻電子対反発理論もしくは原子価殻電子対反発則とよばれる理論がある。
英語のvalence shell electron pair repulsion theoryの頭文字をとって、VSEPR理論やVSEPR則ともよばれる。
VSEPR理論では、注目する典型元素の原子を取り巻く方向性をもった電子対どうしが互いに反発することで、できるだけ遠ざかろうとし、その結果その反発の総和が最小になるような形を分子がとると考える。
分子中の電子対には結合を形成している結合電子対と結合に関与しない非共有電子対の2種類がある。中心原子を、置換基を、非共有電子対をで表す。また、結合電子対の数を、非共有電子対の数をとすると、この分子はと表すことができる。この分子はの周りに、個の電子対をもっている。
ここで電子対の数と分子の形は次のような関係にある。
電子対の数 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
分子の形 | 直線型 | 平面三角形 | 四面体 | 三方両錐 | 八面体 | 五方両錐 |
また、結合電子対と非共有電子対では電子対間の反発の強さが異なると考え、その関係は次のようになる。
非共有電子対 - 非共有電子対 > 非共有電子対 - 結合電子対 > 結合電子対 - 結合電子対
これは、非共有電子対は一つの原子Aのみに引きつけられているので、Aの周りに比較的大きく広がる傾向があるが、結合電子対はAとXの両方の原子に引きつけられるため、Aの周りにはあまり広がらず、Aから引き離される傾向があるためである。
また単結合よりも二重結合、二重結合よりも三重結合のほうが、電子雲の広がりが大きいためより強い反発を与える。
原子価殻電子対反発則(VSEPR理論)の具体例について
いくつかの分子について、その形を考えていく。
CO2では、CーOπ結合に4電子使われ、Cを取り囲む電子対の数は2個である。そのため、直線型の構造をとる。
SO2では、Sを取り囲む電子対の数は3個である。そのうち1個が非共有電子対である。そのため、1個の非共有電子対が突き出した平面三角形型の構造をとるため、分子としては折れ線型の構造をとる。
SO3では、Sを取り囲む電子対の数は3個である。また置換基が3個あるため、平面三角形型の構造をとる。
NH3では、Nを取り囲む電子対の数は4個である。そのうち1個が非共有電子対である。そのため、1個の非共有電子対が突き出した四面体構造をとるため、分子の形としては三角錐型の構造をとる。
また、電子対間の反発の影響は結合角の違いとなる。
中心原子の周りの電子対の数が4個である分子として、水、アンモニア、メタンを考える。
水分子は非共有電子対が2個、アンモニアは非共有電子対が1個、メタンは非共有電子対が0個である。
いずれの分子も電子対は四面体構造をとるが、反発の強さが異なるために、HーAーHの結合角が異なり、水は結合角が小さく、メタンは結合角が大きくなる。
結合角は水が104.5°、アンモニアが107.2°、メタンが109.5°となる。
原子価殻電子対反発則(VSEPR理論)の例外について
一般的に電子対の数が7個以上になると、電子対同士が接近する。そのため、それらの間の反1発が非常に大きくなる。よって分子が取りうる形どうしの安定性に違いがほとんどなくなりVSEPR理論は成り立ちにくくなる。
7電子対をもつ化学種のうち、非共有電子対を一個含むものは、非共有電子対が立体化学的に不活性となる。よって八面体構造をとる。
非共有電子対が非局在化し、電子対が立体化学的に不活性となった場合もVSEPR理論による予測とは異なることとなる。
部分的にd軌道が充填された遷移金属錯体の構造は、d軌道の分裂の仕方やd電子の充填のされ方に大きく影響される。よって、VSEPR理論では分子の形が予測できなくなる。しかし遷移金属錯体の構造は、結晶場理論や配位子場理論を用いることで予測することができる。