- Fe-Mn-K触媒を用いた二酸化炭素(CO2)から炭化水素への変換
- 二酸化炭素から炭化水素への合成方法
- 触媒の調製方法
- 触媒の活性
- 触媒の分析について
- 二酸化炭素の水素化反応のスキーム
- この反応を活用した炭素循環サイクルについて
- あとがき
- 今回紹介した論文について
Fe-Mn-K触媒を用いた二酸化炭素(CO2)から炭化水素への変換
二酸化炭素(CO2)の還元や二酸化炭素から炭化水素への変換反応に関する研究は、近年盛んに行われている研究のうちの一つだと思います。
今回はそのような二酸化炭素の変換をFe-Mn-K触媒用いて行った論文を紹介します。
Transforming carbon dioxide into jet fuel using an organic combustion-synthesized Fe-Mn-K catalyst
Benzhen Yao, Tiancun Xiao, Ofentse A. Makgae, Xiangyu Jie, Sergio Gonzalez-Cortes, Shaoliang Guan, Angus I. Kirkland, Jonathan R. Dilworth, Hamid A. Al-Megren, Saeed M. Alshihri, Peter J. Dobson, Gari P. Owen, John M. Thomas & Peter P. Edwards
Nature Communications volume 11, Article number: 6395 (2020)
二酸化炭素から炭化水素への合成方法
一般的に知られている、二酸化炭素を炭化水素に変換する方法は2つです。1つは、二酸化炭素を一酸化炭素(CO)やメタノールに変換して、液体の炭化水素にする間接的な方法です。もう一つは二酸化炭素を一酸化炭素(CO)に逆水性ガスシフト反応(reverse water gas shift, RWGS反応)を利用して変換したあと、フィッシャー・トロプシュ反応 (Fischer-Tropsch synthesis, FTS)によって炭素鎖をもつ炭化水素を合成する直接的な方法です。
二酸化炭素から炭素鎖をもつ炭化水素を合成する反応の化学式は次のようになります。
二酸化炭素の水素化
逆水性ガスシフト反応 (RWGS反応)
フィッシャー・トロプシュ反応 (FTS)
この研究では特に、二酸化炭素をジェット燃料などに用いられる炭化水素に直接変換することを目指しています。ちなみにジェット燃料の主成分である炭化水素はC8からC18の炭素鎖であり、ジェット燃料に用いられている炭素鎖の最適な長さはC8からC16です。
触媒の調製方法
まずは触媒の調製方法です。触媒は有機的燃焼法 (Organic Combustion Method, OCM)*1で調製されています。この合成方法は一つの反応容器で合成されるワンポット合成 (one-pot synthesis) です。また、この有機的燃焼法は様々な金属で高活性な触媒を合成する方法として研究されています。
Fe-Mn-K触媒はクエン酸一水和物、鉄(III)硝酸塩非水和物、硝酸マンガン(II)四水和物、硝酸カリウムを混ぜて作られました。クエン酸はこの反応で燃料 (fuel) として用いられています。さらに、クエン酸はキレート剤として機能しナノ触媒の形成を促進する可能性があります。そのクエン酸のモル比は (Fe (or Co) + Mn + K) = 2です。また、この混合物に水を加えその重量比はFe- and Mn- and K-前駆体 + クエン酸) : 水 = 2:1です。この混合物を撹拌して均一な水溶液にし、50 °Cで1時間から2時間加熱してスラリーにし、そのスラリーを空気中350 °Cで4時間焼成して触媒粉末を得られていました。
触媒は活性試験の前に320 °C、H2:CO =2:1のガス下で、24時間の活性化処理を行っています。
得られた触媒についての分析は活性評価の後に出てきますが、この触媒では酸化鉄が触媒活性を示しMnとKがその触媒反応の促進剤となっています。
触媒の活性
a % conversion of CO2 and H2 as a function of reaction time for the hydrogenation of CO2. b Selectivity of various hydrocarbon products with reaction time for the hydrogenation of CO2. c Molar ratio of olefin-to-paraffin for the C2–C4 range with reaction time for the hydrogenation of CO2. d ASF plot and α values at reaction time of 20 h. e Conversion and CO selectivity of CO2 hydrogenation for a reaction time of 20 h over different catalysts. f Products selectivities of CO2 hydrogenation for a reaction time of 20 h over different catalysts. g GC-MS total ion chromatogram (TIC) of the hydrocarbon fuel from the hydrogenation of CO2 on a Fe–Mn–K catalyst. The jet fuel range hydrocarbons (C8 to C16) are shown.
出典:
Figure 1を見ると、Fe-Mn-K触媒が二酸化炭素の水素化反応に対して、高い活性があることがわかります。Fig 1(a)を見ると、転換率は約40%です。またFig 1(b)を見ると、C5以上の炭化水素が60%の選択率で生成しています。Fig 1(f)を見るとFe系の触媒は炭化水素の生成に活性があるようですが、この論文で注目しているC8からC16の炭素鎖をもつ炭化水素の選択性はFe-Mn-k触媒が最も高いことがわかります。逆にメタンへの選択性はFe-Mn触媒が最も高いようです。
遷移金属(Mn、Cu、Zn)の効果
Fe系の触媒にMnを加えると表面の塩基性を高め、触媒の浸炭を促進し、活性を向上させることが報告されています。ほかにもZuやCuも促進剤となることが報告されています。ここでもFig. 1(f)を見ますと、Fe-Mn-K以外にもFe-Cu-KやFe-Zn-K触媒でも活性が高く、その効果が確認できます。
卑金属(K)の効果
Fe系の触媒にKを加えると長鎖炭化水素の形成の促進、表面のFeへの浸炭の促進、CH4形成の抑制の効果が報告されています。Fig.1 (f)を見ますと、KのほかにNa、Cs、Liの効果が試験されており、LiはCH4の選択性が高いが、他のNa、Csは長鎖炭化水素の形成を促進していることがわかります。
触媒評価のまとめ
最後にFig 1(g)を見ると、Fe-Mn-K触媒では目的とするC8からC16の炭素鎖をもつ炭化水素が合成されていることがわかります。
Fe-Mn-K触媒の活性をまとめると、二酸化炭素を38.2%変換し、C8からC16の炭素鎖をもつ炭化水素への選択率は47.8%であり、比較されている他のFe系触媒よりもfe-Mn-K触媒が活性が高いことがわかります。
触媒の分析について
a Powder XRD spectra of the catalyst precursor and both the activated and the used catalyst. The corresponding JCPDS numbers are, for Fe2O3: 00-020-0508; χ-Fe5C2: 00-024-0081; Fe3O4: 03-065-3107; b XPS survey spectrum of the Fe–Mn–K catalyst; c High-resolution XPS spectra in the region of the Fe 2p peak on the Fe–Mn–K catalyst; d XPS spectra of the Mn 2p on the Fe–Mn–K catalyst; e XPS spectra of the O 1s on the Fe–Mn-K catalyst; f XPS spectra of the C 1s on the Fe–Mn–K catalyst.
出典:
ここでは触媒の評価は結晶構造の評価をXRD測定で、各元素の酸化状態をXPS測定で評価しています。
XRDパターン
触媒の結晶構造は前駆体の時点でFe3O4ですが、活性化処理中では χ-Fe5C2となり、使用後には、Fe2O3、Fe3O4、χ-Fe5C2の混合物となっていることがわかります。前駆体や活性化処理後の触媒は比較的ピークがブロードなので、おそらくナノ粒子だと思われます。実際にシェラーの式 (Scherrer equation)で計算されたFe-Mn-K触媒の結晶子サイズは14 nmです。これも活性が高い一つの要因だと思います。特にχ-Fe5C2はCOやCO2の水素化やその後のC-C炭素鎖の成長に重要であることが知られています。これがこの触媒の活性の重要な点だと考えていいと思います。
XPSスペクトル
XPSのサーベイスペクトルを見ますと、触媒に含まれている元素はFe、Mn、K、O、Cであることがわかります。
Fe、Mn、OのXPSスペクトルの分析からそれぞれが金属酸化物として存在していることがわかります。CのXPSスペクトルからクエン酸の焼成後の残留物が存在している可能性があります。この炭素の残留物はオレフィン生成物の選択性に有用であると報告されています。これもこの触媒が高い活性を示した要因の一つと思われます。
SEM像・STEM像
a The Fe–Mn–K catalyst precursor; b the used Fe–Mn–K catalyst.
出典:
a–c The Fe–Mn–K catalyst precursor; d–f the used Fe–Mn–K catalyst.
出典:
続いて試料のSEM像とSTEM像です。試料の反応前後のSEM像を見ますと試料の形状が大きく変化していることがわかります。これは試料の結晶構造が変化した際に形状もまた変化したのではないかと思います。しかし反応前後で活性のある酸化鉄はSTEM像を見ると、それぞれナノ粒子のようで、反応中に凝集などは起きていないようです。この試料のSTEM像の格子間隔からも反応後にχ-Fe5C2が生成していることがわかります。
二酸化炭素の水素化反応のスキーム
The CO2 hydrogenation to jet fuel range hydrocarbons process through a Tandem Mechanism in which the Reverse-Water Gas Shift reaction (RWGS) and Fischer-Tropsch synthesis (FTS) reaction are catalysed by Fe3O4 and χ-Fe5C2 respectively.
出典:
この反応では二酸化炭素から長鎖炭化水素への合成は、Fe3O4が触媒となって進行する逆水性ガスシフト反応 (RWGS)と、 χ-Fe5C2が触媒となって進行するフィッシャートロプシュ反応 (FTS)が組み合わさって行われていると予測されています。
この反応を活用した炭素循環サイクルについて
llustrating the differences between (a) an Aviation Jet Fuel Linear Economy and (b) an Aviation Jet Fuel Circular Economy.
出典:
最後にこの反応を用いて二酸化炭素からジェット燃料をつくり、そのジェット燃料が使用されることで排出された二酸化炭素を回収するという考えが紹介されています。今回の報告は研究室でのスケールで、実際の社会に役立てるにはまだまだ課題があるのではないかと思います。
また、こういうサイクルがまわると理想的だと思いますが、実際には二酸化炭素を集める技術や、反応に使う水素の生成もまた重要であり、もちろん盛んに研究が行われていますが、実際の社会で活用するには、まだまだ課題があると思います。
あとがき
この論文の内容は、論文が発表されてすぐにwebニュースなどで紹介されていたので、そういったメディアを通して知っていた人もいたかもしれませんが、そういうニュースよりは内容について少し詳しく紹介できたのではないかと思います。論文が気になった方は原著にも目を通していただければと思います。
Fe系触媒に、触媒反応を促進するMnとKを組み合わせたという論文の紹介でした。触媒反応を促進するものを組み合わせた論文という点では、化学的なおもしろさは少ないかもしれません。しかし、ホットなテーマであり、今後も二酸化炭素の水素化に関する研究は盛んに行われると思います。またここで使われた有機的燃焼法 (OCM)も、今後さらに他の触媒の合成にも使われるかもしれません。そういう点では、注目できる論文ではないかと思います。この触媒の合成方法は初めて知ったので勉強になりました。
今回紹介した論文について
Transforming carbon dioxide into jet fuel using an organic combustion-synthesized Fe-Mn-K catalyst
Benzhen Yao, Tiancun Xiao, Ofentse A. Makgae, Xiangyu Jie, Sergio Gonzalez-Cortes, Shaoliang Guan, Angus I. Kirkland, Jonathan R. Dilworth, Hamid A. Al-Megren, Saeed M. Alshihri, Peter J. Dobson, Gari P. Owen, John M. Thomas & Peter P. Edwards
Nature Communications volume 11, Article number: 6395 (2020)
今回紹介している論文には、クリエイティブ・コモンズ、CC-BYのライセンスが付与されています。この記事では、上記論文の画像を使用しています。
*1:OCMは探してみましたが、適当な日本語訳はまだ教科書などには無いようです。