低スピンと高スピンの電子配置について
分裂したd軌道に電子が1つだけ存在する八面体錯体を考える。
例えばTi3+イオンはこれに該当する錯体を形成する。水溶液中ではTi3+イオンは、[Ti(H2O)6]3+として錯イオンを形成している。このイオンのd電子はt2g軌道を占める。
このとき軌道のエネルギーは、分裂がなかった場合と比較して、0.4だけ安定化している。このエネルギーを結晶場安定化エネルギーという。
d電子が3個までは、電子はすべてt2g軌道に入る。このときこれらの電子のスピンは互いに平行である。
d電子が4個になると、その配置は2通り考えることができる。1通りは電子4個がt2g軌道に入り、1個の電子は他の電子とスピンが反対になっている場合である。この電子配置の場合、次のもう1通りの電子配置よりも不対電子数が少なく低いスピン量子数をもつため低スピンという。もう1通りはd電子のうち3個がt2g軌道に入り、1個がeg軌道に入る配置である。この電子配置の場合を、高スピンという。
また、低スピンの電子配置をもつ錯体を低スピン錯体、高スピンの電子配置をもつ錯体を高スピン錯体という。
高スピン錯体と低スピン錯体はd電子が4~7個の金属イオンの場合にみられる。
d電子が8~10個の場合の電子配置は1種類しかない。
ある錯体の電子配置が低スピンであるか高スピンであるかは、錯体の結晶場分裂がスピン対形成エネルギーよりも大きいか小さいかによって決定される。結晶場が強く、錯体の結晶場分裂がスピン対形成エネルギーよりも大きい場合は、電子はエネルギーの高いeg軌道に入るよりもエネルギーの低いt2g軌道にスピン対を形成して入った方が有利である。そのため、電子配置はフントの規則を破り、低スピンとなる。
結晶場が弱く、錯体の結晶場分裂がスピン対形成エネルギーよりも小さい場合は、電子はエネルギーの低いt2g軌道にスピン対を形成して入るよりもエネルギーの高いeg軌道に入る方が有利である。そのため、電子配置は高スピンとなる。
低スピン、高スピンの電子配置に対する結晶場安定化エネルギーは次の方法で計算できる。 結晶場安定化エネルギー = 0.4×(t2g軌道中の電子数)-0.6×(eg軌道中の電子数) 結晶場安定化エネルギーの計算から考えると、低スピン錯体がエネルギー的に有利である。
実際には、同じ軌道に2つの電子が入ると、電子間に反発が生じて、エネルギー準位は上昇する。このような不安定化が起こっても低スピン錯体がエネルギー的に安定であるためには、結晶場安定化エネルギーが、ある程度大きい必要がある。