化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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電子のスピン磁気モーメントとゼーマン効果

電子のスピン

電子はスピン(自転運動)をしていることによって、磁性が現れる。ここでは、この磁性について考えていく。

電子は自転に対応するスピン角運動量 \hbar \textbf{s} をもつ。ここで \hbarはプランク定数 h 2\piで割った量である。\textbf{s}は大きさs = \frac{1}{2}の無次元の角運動量演算子でスピンと呼ばれる。

スピン\textbf{s} x, y, z成分が

 \sigma ^x = \begin{pmatrix} 0 \quad 1 \\ 1 \quad 0 \\ \end{pmatrix}

 \sigma ^y = \begin{pmatrix} 0 \quad -i \\i \quad 0 \\ \end{pmatrix}

 \sigma ^z = \begin{pmatrix}1 \quad 0 \\ 0 \quad -1 \\ \end{pmatrix}

で定義されるパウリのスピン演算子 \bf{ \sigma }を用いて、次のように表される。

 \textbf{s} = \frac{1}{2} \bf {\sigma}

電子スピンの大きさsが整数ではなく \frac{1}{2}であることは、ゼーマン効果の観測、シュテルンゲルラッハの実験、電子がフェルミ統計に従うことによって証明されている。

スピン磁気モーメント

 電荷をもつ粒子が自転をすると、自転軸のまわりに小さな円電流が生じる。そのため、粒子は磁気モーメントをもち、小さな磁石として振る舞う。これは電子にも当てはまる。

そのため電子は以下の式のようなスピン磁気モーメント \mu _sをもつ。

 \mu _s = -g \mu _B \textbf{s}

上の式の右辺の符号が負であるのは、電子が負電荷-eをもつためである。

ここで、  \mu _Bはボーア磁子といわれ、次の式で表される。

 \mu _B = \frac{e \hbar}{2mc} = 9.2740154 \times 10^{-21} (\rm {erg/G})

上の式のmは電子の質量、cは光の速さ、eは電気素量である。

スピン磁気モーメントの式のgg因子といわれる。磁場以外になにも影響を受けていない自由な電子の場合、gはつぎのように表される。

 g= 2+ \frac{ \alpha }{ \pi} -0.328 ( \frac{ \alpha}{ \pi} ) ^2 = 2.00231930

g因子が1と異なり、ほぼ2になるのは、相対論効果によるものである。g因子を与える上の式の右辺の第1項の2は電子の相対論的量子力学を記述するディラック方程式の1/c展開から導かれる。第2項以上は高次の補正を表す。

 \alphaは微細構造定数といわれる無次元量であり、次のように表される。

 \alpha = \frac{e^2}{ \hbar c } = 7.29735308 \times 10^{-3}

一般的に磁性では顕著な相対論効果が現れる例は少ないが、電子のg因子とスピン軌道相互作用には、顕著な相対論効果が現れる。

電子を外部磁場 H の中におくと、スピン磁気モーメントと外部磁場との相互作用は次のように表される。

 \mathcal{H}_s = - \mu_s \cdot H = g \mu _B s \cdot H

エネルギーはスピンの磁場方向成分(z成分)の値  m_s = \pm \frac{1}{2} に対応して以下のように2つに分裂する。

 E_s ^{ \pm} = \pm \frac{1}{2} g \mu _B H

このとき、分裂した2つのエネルギーの差は g \mu _B Hになる。この m_sに対応した磁場中でのエネルギーの分裂を、スピンによるゼーマン効果という。