化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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【論文紹介】Ca-Sn合金二次電池の充放電時の電極の構造変化が解明

カルシウム(Ca)二次電池は、理論エネルギー密度が高い、安全性が高い、原料である天然資源が豊富であるといった点から、ポスト・リチウムイオン電池として注目されている。しかしながら、実用化には課題が残っており、今も研究が世界中で行われている。

今回紹介する論文は、カルシウムイオン電池の実用化に向けて、図1のようなCa-Sn合金を用いた二次電池について報告している。

図1:電池の概要図
出典:参考文献

カルシウムイオン電池とその課題

リチウムイオン電池は世界中で用いられているが、コバルトやニッケル、リチウムといった原材料の長期的な確保には課題があり、リチウムイオン電池に替わる電池についても多くの研究が行われている。

現在では、Naイオン、Kイオン、Mg、Zn、Ca、Alといった多価金属を用いたエネルギー密度の高い高性能なポスト・リチウムイオン電池が研究されている。

多価イオンは、1つのイオンにつき2~3個の電子を移動させることができることから、1価のLiイオン電池やNaイオン電池と比較して、重量当たりの容量が2~3倍に増加することが期待されている。さらにLiやNaと比較して、MgやCaの金属負極はデンドライト(樹木状の結晶であり、電池に悪影響を及ぼす)の形成が抑えられることから、電池のエネルギー密度や安全性の向上にも期待ができる。

特にCaは地殻中に5番目に多く存在する元素であり、資源量が豊富というメリットもある。標準水素電極(SHE)では、Caは還元電位が-2.87 VSHEと低く、Mg(-2.37 VSHE)やAl(-1.66 VSHE)よりも、Li(-3.04 VSHE)に近い値である。さらに、Ca は 2073 mAh cm-3 と体積当たりの容量が大きく、Liと同レベルである。

MgやAlの金属負極は理論上の体積当たりの容量は大きいが、還元電位が比較的低いため、Ca電池と比較すると電池の電圧が制限される。一方で、Ca電池のセル電圧とエネルギー密度は、Liイオン電池と同レベルである。これらの要素から、MgやAl電池よりもCa電池の方が実用化に向けて期待されている。

さらにCa2+イオンはMg2+イオンより大きく(有効イオン半径:Ca2+1.0Å, Mg2+ 0.72Å)、同じ電荷ではあるが、Caイオンは柔らかいため、固体電極材料中でのイオンの拡散速度が速くなる可能性がある。こういった理由で、Ca電池は、他の多価金属イオンを用いた電池よりも高い出力密度を実現できる可能性を秘めている。

しかし、Ca電池の開発には、効率的な電解質の開発の必要性や、充放電において可逆的なCaイオンのインターカレーションが可能な正極材料がないといった課題がある。

さらに、Caイオンや反応性の高いCa金属は正極材料や電解質溶液と強く相互作用し、特にCaイオンの強い還元力は電解液の分解を引き起こし、金属負極上にイオン的に絶縁性の層を形成すると考えられている。またCa電極の不働態化によって充放電サイクルの安定性も低くなるなど、解決するべき課題は多い。

そこで今回、カルシウム電極の課題を克服するために、合金タイプの電極が研究された。本研究では、有機カソードとCa-Snアノードを用いたフルセルを構築して、電極の挙動について研究が行われた。

Ca-Sn電極を用いた二次電池

今回、開発された電極を用いた電池は約1.8Vのセル電圧を示し、充放電サイクルを5000回繰り返しても動作したことが報告されている。この充放電を繰り返す際に、Ca-Sn合金の組成や構造などが変化するという特徴があることが明らかにされた。

図2(a)~(d)充放電前および充放電後の電極のSEM-EDX像
(e)電極のXRDパターン (f) 提唱された電極の構造の変化
出典:参考文献

図2の(a)~(d)は電極の走査型電子顕微鏡(SEM)像とエネルギー分散型X線分光法(EDX)による元素分布図である。電極が使用される前の(a)から(b)~(d)の電極の充放電を繰り返すにつれて、電極のマクロな構造が変化していることがわかる。さらに電池の電解液の分解により生成したと考えられるホウ素(B)が(d)では検出されており、充放電時の安定性にはまだ課題が残っていることがわかった。

一方で、結晶構造について測定を行うX線回折(XRD)パターンを見ると、充放電を繰り返している時に、電極の結晶構造が変化しているという挙動を示している。

このXRDパターンから提唱された結晶構造の変化が(f)であり、合金化と脱合金化を繰り返しており、Ca-Sn合金電極が充放電の際のイオンの移動による結晶構造の歪みや崩れに対して、柔軟に適応できる可能性があることが示唆されている。

今回のこのCa-Sn合金負極を用いた二次電池の報告は、ポスト・リチウムイオン電池の1つとして研究されている高性能なCaイオン電池の実現につながると思われる。

参考文献

Zhao-Karger, Z., Xiu, Y., Li, Z. et al.

Calcium-tin alloys as anodes for rechargeable non-aqueous calcium-ion batteries at room temperature.

Nat Commun 13, 3849 (2022).

https://doi.org/10.1038/s41467-022-31261-z

doi.org

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