化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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2022年化学界の12大ニュース!

1年で多くのニュースがありますが、各業界や界隈でそれぞれ注目されたニュースがあると思います。研究などでは、各分野で注目された論文などもあるはずです。

今回は、compoundchem.com が化学界の2022年のビッグ化学ニュースを発表していましたので、ここでも紹介します。これは比較的、社会的にも注目されたニュースが取り上げられています。また、元の記事は各ニュース記事へのリンクも掲載されているので、ぜひ元の記事もご覧ください。

大気中のメタン濃度の上昇について研究が進む

温室効果ガスとして、以前より二酸化炭素が注目されていることは有名です。一方で、他の温室効果ガスとして、メタンがあります。牛のげっぷにメタンが含まれており、これが地球温暖化に寄与しているのではないかという話を聞いたこともある人も多いと思います。
メタンの地球温暖化係数は二酸化炭素の25倍といわれていますが、その一方で大気中での半減期は二酸化炭素が100年であるのに対して、メタンは約9年と推定されており、寿命にも大きな差があります。
2021年に、米海洋大気庁(NOAA)がメタンの濃度が上昇したことが報じられましたが、2022年にこの研究がさらに進められました。このメタンの排出は30%が石油やガスなどの化石燃料を生産する際に発生するものであると考えられていましたが、さらに化石燃料の生産時のメタンの排出が従来の想定よりも大きいことが明らかになりました。

山火事でオゾン層の回復が後退したことが明らかに

2022年の研究によって、2019年と2020年に発生したオーストラリアの大規模な山火事が、オゾンの大気中濃度に大きく影響を与えたことが発表されました。

オーストラリアで発生した山火事の上空への煙の柱はブラックサマーといわれ、100万トン以上の煙粒子を上空35kmまで放出しました。これが化学反応を起こして、成層圏のオゾンの回復を後退させました。
通常は、成層圏の五酸化二窒素は、光化学反応によって二酸化窒素などの他の窒素化合物と結合し、塩素系の化学物質を抑制することに貢献しています。しかしながら、山火事の煙中の粒子が表面に水分を集め、五酸化二窒素などを硝酸に変換し、二酸化窒素が減少することで、過剰な塩素化合物がオゾンを破壊する一酸化塩素に変わるというメカニズムが提唱されています。
このメカニズム自体は、火山の噴煙などに含まれている粒子で考えられていた話です。

この大規模な山火事の影響によって、オゾン層の回復が10年ほど後退したと見積もられることが発表されました。

クリックケミストリーがノーベル化学賞を受賞

2022年のノーベル化学賞がクリックケミストリーに贈られました。

クリックケミストリーはシンプルにいうと、2つの分子を混ぜて、簡単に目的の分子を合成できないかという考え方のもと行われる化学です。つまり、簡単に行うことができる反応条件を用いることで、不要な副生成物の生成を行わず、小さな分子を繋ぎ合わせていくものです。

また、通常の化学反応だけでなく、生きた細胞の中でこれらの反応を行えるように発展させた内容についてもノーベル化学賞の受賞対象となりました。

ノーベル化学賞は注目度が高く、解説記事が日本語でもいろいろなメディアで掲載されているため、詳しく知らない方はぜひ一読してはいかがでしょうか。

電子の質量を表すことができる新しい接頭語が追加

国際度量衡総会が、新しい数の桁を表す接頭語を4つ追加しました。化学系では、マイクロやナノなどの接頭語は頻繁に利用しますし、ファイルや通信量などではメガやギガという言葉には馴染みがあると思います。

今回、1027はロナ(R)、1030はクエタ(Q)、10-27はロント(r)、10-30はクエクト(q)が採択されました。
これによって、電子の質量は1ロントグラムということができます。

将来的には、電子通信や取り扱うデータ量の増加によって、テラ、ペタ、エクサなどは、より身近になり、今回追加された接頭語も使うようになるかもしれません。

万能なインフルエンザワクチンの動物実験に成功

インフルエンザA型、B型のすべての株を予防する万能インフルエンザワクチンの動物実験に成功したことが発表されました。季節性のインフルエンザワクチンは、その年に流行する型を予測してワクチンを製造しており、4種類のインフルエンザウイルス型を用いた4価ワクチンを用いた予防接種が行われています。

一方で、今回発表されたインフルエンザワクチンは、新型コロナウイルスで活躍したmRNAを用いたワクチンであり、次のステップとしてヒトへの臨床試験が期待されます。
早ければ、今後2年以内にこのインフルエンザワクチンが利用可能になると主張している研究者もいます。

米で実験室培養の肉が食用として安全であることが発表

米国食品医薬品局(FDA)が、実験室で培養された鶏肉を、人間が食べても安全であることを発表しました。これは、ニワトリから生きた細胞を採取し、それを培養して肉として生産したものです。当然こういった新しい食料は世間へ販売するためには、各国の関連省庁から認可などを得る必要がありますが、この発表によってアメリカでは、培養肉が世間へ流通するまでのステップが一段階進みました。

実は、既に実験室で作られた食肉はシンガポールでは、合法的に消費者に販売することができるようになっていますが、これが今後、世界の各国へ広まっていくスピードが加速していくと考えられます。

また将来的には、この技術はニワトリだけでなく魚肉などへの応用も期待されています。

宇宙望遠鏡が太陽系外惑星の大気を観測

NASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が、宇宙化学における様々な発見を行いニュースとなりました。

この望遠鏡によって約700光年離れた恒星の周りをまわるホットサターンと呼ばれる土星と同程度の質量をもつ太陽系外惑星の大気を観測しました。

大気成分はナトリウムやカリウム、水蒸気などが観測されるとともに、二酸化炭素や二酸化硫黄などが存在することや、その組成などの情報が得られました。また、大気中で起こっている光化学反応によって二酸化硫黄が生成している具体的な証拠も観測されました。

これらの観測には赤外線スペクトルが利用されています。

また、こういった大気成分やその組成の正確な観測から、その惑星が形成された過程について理論的に推測が進むようになります。こういった研究が進むことで太陽系や宇宙の謎をさらに解き明かしていくことでしょう。

液体の水が2つの形態であることが明らかに

水分子は、非常に身近である一方で、他の分子と比べて特殊であったり、いまだに未解明な部分もあり、研究対象の1つとなっています。例えば水は4℃で密度が最大になる点なども、異常な振る舞いの1つです。

こういった水の異常な振る舞いに関係していることとして、水には液体の状態として、2つの形態がある可能性が提唱されていました。ただし、通常の常温常圧環境の水ではこの状態を観察することはできません。

理論上、水は2つの液体状態が存在し、2つの水は可逆的に不連続な転位をすると考えられていました。しかしながら、低温の水はすぐに結晶化するため、実験的にこれを証明することは困難であり、これまで観察されていませんでした。

2022年に液体の水が2つの形態をもつ直接的な証拠が観察されました。この研究成果を発表したのは、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の鈴木 芳治氏です。低濃度のトレハロース水溶液ガラスを用いることで、低密度状態と高密度状態の転位を観測しました。

引用 NIMSプレスリリース

 

グラフェンセンサーで血圧をモニターする技術が開発

グラフェンは、その存在が発表されてから、様々な研究の対象となるとともに、様々な実用手法が検討されてきました。そして2022年には、グラフェンセンサーを用いて、血圧をモニターする手法が発表されました。

血圧は生活習慣病や疾病などの予測に使うことができます。そのため血圧を継続的にモニターすることは重要であり、スマートウォッチサイズの血圧計も販売されています。

2022年にグラフェン・タトゥーと題された電極のついた湿布や絆創膏のようなグラフェン電子タトゥーを用いた血圧を測定する手法が発表されました。これは、低強度の電流を皮膚に流して、生体インピーダンスといわれる身体の反応を分析するものです。電気信号は皮膚の奥深くの、抵抗の少ない経路である血管を通って伝搬します。これは、血液はイオンが豊富で、周囲の志望や筋肉細胞よりも伝導性が高いことが原因です。この生体インピーダンスの情報を収集し、生体インピーダンス情報と血圧との複雑な相関を機械学習アルゴリズムを活用して明らかにして、血圧をモニターしています。

このグラフェンセンサーが発表されたテストでは、300分以上、動脈の血圧を正確にモニターできることが示されました。

研究者らは、このデバイスが、従来の圧迫式の血圧測定では危険で測定できなかった脳へ血液を供給する首の動脈なども測定できる新たな血圧測定のデバイスとして、こういったセンサーが活用されることを目指して開発を進めています。

AlphaFoldがほとんどの既知のたんぱく質の構造を予測

たんぱく質は数百から数千のアミノ酸が長い鎖状につながっており、さらに3次元で折れ曲がったりして、構造を形成しており、その構造を正確に予測することは困難でした。その一方で、たんぱく質の構造は、たんぱく質の機能の理解や、医薬品の開発において重要な要素です。

GoogleのAIを活用したAlphaFoldは2021年にNature誌に論文が発表され、世界中に衝撃的なニュースとして発表されました。その後、2022年にAlphaFold Protein Structure Databaseを大幅に増強し、これによって科学的に知られているほぼすべてのたんぱく質である2億以上の構造が検索できるようになっています。

将来的には、この予測された、たんぱく質の構造から様々な疾患の治療法の開発が促進することが期待されています。

forever chemicalsの製造中止が推進

forever chemicals (フォーエバー・ケミカル)は永久に残る化学物質のことであり、自然界で分解されにくく長期的に環境に残り、また、がんや甲状腺疾患などとの関連性が報告されていることから、近年は使用の廃止が進められてきました。

こういった化合物は、パーフルオロオクタン酸(PFOA)、パーフルオロスルホン酸(PFOS)などが該当し、総称して、"パーフルオロアルキル化合物、ポリフルオロアルキル化合物及びこれらの塩類"をPFASといいます。名称からわかるように炭素鎖にフッ素が結合している化合物の一部です。

PFASは水や熱に強く、汚れにくいことから食品のパッケージなどでも利用されてきました。しかし最近は、液体容器に使われたPFASが液体中に溶出するニュースや、PFASと肝臓疾患との因果関係、PFASの一部を有害化学物質に指定する提案などが行われ、3MはPFASの製造を2025年までに段階的に中止することを発表しました。

持続可能なジェット燃料の研究開発が促進

最近は日本ではSDGsをよく耳にするようになるなど、持続可能な製品の製造やそれに関する研究が注目されるようになっています。

2021年に二酸化炭素と水蒸気から灯油やジェット燃料として知られているケロシンを製造する研究内容が発表されました。しかしながら、こういったラボスケールの機器は、製造できる量が少なく、実用化までには大量生産ができるようにするまでに大きな壁があります。

現在、世界でジェット燃料は年間約1000億ガロン(3790億L)の需要があるといわれていますが、バイオ燃料は年間約3300万ガロン程度しか生産できていません。そこで化学的なジェット燃料の合成手法が検討されています。

ジェット燃料の合成手法としては、主に以下の4つがサステイナブルなジェット燃料の合成ルートとして承認しています。

  • セルロースなどを発酵させたバイオアルコールからジェット燃料の合成
  • 油脂から水素化処理エステル・脂肪酸(HEFA)を経由したジェット燃料の合成
  • 油脂の触媒的加水分解反応によるジェット燃料の合成
  • フィッシャー・トロプシュ法を用いたジェット燃料の合成

特に近年は二酸化炭素の還元などを利用したジェット燃料の合成は非常に盛んに研究されており、論文なども多く発表されています。近い将来、需要と供給を満たす合成手法が確立され、持続可能なジェット燃料が利用される未来が来ることでしょう。

最後に

2022年は引き続き新株などが現れた新型コロナウイルス(COVID-19)やロシアのウクライナ侵攻などが様々な形で研究開発や製造生産環境へ影響を与えてきました。
ただ2019年から2021年に比べると新型コロナウイルスの影響などがワクチンなどによって抑えられ、ここで取り上げられたニュースは環境問題や持続可能社会などの社会問題へ影響するニュースが多くなっています。

化学の勉強や研究は、長期的視野としては新たな技術や製品の開発や、社会問題の解決へと繋がっています。またアウトリーチ活動などでは、こういった社会的な課題への繋がりは、興味をもってもらうための足掛かりとなります。
こういったニュースの視点も頭の片隅において、化学に向き合うことが大切となる場面もあると思います。

参考リンク

https://www.compoundchem.com/2022/12/29/tyic2022/

www.compoundchem.com