式量電位
標準電極電位()は、標準状態における電位の値である。これは、化学種の活量が1の場合であることを意味している。一方で、半反応の電位は、溶液の条件によって変化する。
例えば
の反応の標準電極電位は1.61 Vである。しかしながら、実際には溶液に加える酸の種類が異なると、電位も変化する。これは酸の解離によって生じる陰イオンのセリウムイオンとの錯形成のしやすさがとで異なるためである。これによって、遊離しているとの濃度比が酸の種類に影響されることになる。
錯体の構造がわかる場合には、酸の陰イオンを含めた反応式を記述することで、酸や化学種の活量を1にして、その反応の標準電極電位値を決定することができる。しかしながら研究などでは、錯体の組成が決定できていない場合も多い。こういった場合に、式量電位 ( ) を用いる。
式量電位とは、ある特定条件の溶液中における、ある酸化還元対の酸化体と還元体の濃度が等しい場合の電位のことである。例えば、1Mの溶液中のと対の式量電位は1.28 Vである。ネルンストの式を用いる場合には、標準電極電位の代わりに式量電位を用いて、利用することができる。
電位のpH依存性
多くの酸化還元反応では、水素イオン()や水酸化物イオン()が関与している。水素イオンや水酸化物イオンが関与している場合には、溶液のpHを変化させることで、反応の電位を変えることができる。
ここではとの酸化還元対を例に考える。
水素イオンが関連する反応は以下の通りになる。
この反応にネルンストの式を適用すると以下のようになる。
また、この式はlogの項を書き換えることで、次のように書くことができる。
上の式におけるの項は、この半反応の標準電極電位を含む。これをまとめて、式量電位 ( ) とみなすことができる。
この場合、 ( ) は溶液のpHから計算することができる。ただし厳密には、とは弱酸であるためpHの解離の効果を考慮するために酸解離定数についても考える必要がある。
pHの解離の効果を無視して単純に考えると、pH1の溶液では、となる。pH7の溶液では、となる。
この電位のpH依存性を考えると、次のような酸化還元反応のpH依存性を理解することができる。強酸の溶液中では、はをに酸化する。しかしながら、中性の溶液の場合には、と対の電位はをの電位よりも負である。そのため、がを酸化する。
電位と錯形成の関係
酸化還元対の一方のイオンが錯体を形成する場合、遊離イオンの濃度が低下して、濃度比が変わり、電位も変化する。
例えば、、の対の標準電極電位()は0.771 Vである。しかし塩酸溶液中では、が塩化物イオンと錯形成するため、遊離の濃度は低下し、電位はマイナス側にシフトする。そのため、1MのHCl溶液中の式量電位は0.70 Vとなる。この溶液中で形成される錯体であると考えた場合、半反応式は次のようになる。
ここで、が1Mとすると、電位は次のようになる。
このように、を錯形成によって安定化して還元されにくくすることで、還元電位をマイナス側にシフトさせることができる。また、を錯形成させると、酸化されにくくすることができる。
つまり、酸化還元対の一方と他方とそれぞれに対して親和性が異なる配位子を用いることで、電位を変えることができる。
電極電位からわかることの限界
電極電位がわかると、ある反応が起こるかどうかを予測することができる。しかしながら、電極電位からわかることには限界がある。例えば、反応速度に関する情報は得ることができない。
つまり、ある反応の電位の情報から、その反応が熱力学的に進行するかを予測することは可能であるが、その反応が充分な速さで進行するかは予測することができない。
ある酸化還元対の電極との電子の授受が充分に速い場合は、電気化学的においても可逆反応ということができる。
しかしながら、電子授受が遅い場合には、反応が遅くても平衡に達するには長い時間がかかる。このような反応は、電気化学的に非可逆反応という。
ここでは、一般的な可逆反応や非可逆反応の定義とは厳密には異なり、電気化学的な可逆反応、非可逆反応を議論する場合には、速度論的な観点も加わっている。
ある半反応が非可逆であっても、速く進行させることができることがある。酸素を含む酸化剤や還元剤の一部は非可逆に還元や酸化させることができるが、触媒を添加することによって、反応速度を促進させることができる。