化学徒の備忘録(かがろく)|化学系ブログ

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【分子軌道論】結合性、反結合性軌道の解説と窒素、酸素の分子軌道例

原子軌道

原子中の電子の波動関数を原子軌道(atomic orbital)という。波動関数の2乗は電子の存在確率を表す。そのため、波動関数の形と電子の存在領域の形は似ている。波動関数は他の波と同様に正の振幅と負の振幅の領域を有する。しかし、各原子の波動関数は正どうし、負どうしの部分が振幅を強め合い、正と負は互いに打ち消し合うため、強め合う場合にのみ結合が形成される。この干渉効果の程度は重なり積分の大きさに対応する。

分子軌道

原子間に結合が生じ分子が生成するとき、各原子の原子軌道が重なることにより、分子中の電子の波動関数である分子軌道(molecular orbital)が生じる。分子軌道の数は原子軌道の数の和になる。しかし、原子間の結合への寄与によって結合性分子軌道(bonding molecular orbital)、非結合性分子軌道(non-bonding molecular orbital)、反結合性分子軌道(anti-bonding molecular orbital)に区別することができる。

結合性分子軌道が形成する条件は次の3つと考えることができる。

1. 成分原子の原子軌道の形が重なりに適している

2. 重なる部分の正負が同じ符号である。

3. 原子軌道のエネルギーレベルが近い

まず、ある原子軌道AとBから分子軌道ができる場合を考える。上の3つの条件を満たすAB間に結合性分子軌道を作ることができる。そして、いずれかの原子軌道の符号を逆転させると、2.の条件が満たされなくなるため、重なる部分の正と負が逆になる反結合性分子軌道ができる。これを図に表すと次のようになる。

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結合性分子軌道と反結合性分子軌道のエネルギーレベル

結合性軌道のエネルギーレベルは構成原子軌道のエネルギーレベルより低く、反結合性軌道のエネルギーレベルは構成原子軌道のエネルギーレベルより高くなる。結合が強いほど、結合性軌道と反結合性軌道のエネルギー差は大きくなる。

結合性軌道に電子が入ると、ABの結合が強くなり、反結合性軌道に電子が入ると、ABの結合が弱くなるイメージとなる。

AB間に結合性相互作用が存在しない場合、分子軌道は非結合性軌道となる。

このようにしてできた分子軌道に対して、エネルギーが低い順に電子が占有する。電子が占有する軌道の中でもっとも高い軌道をHOMO(highest occupied molecular orbital)、電子が空の軌道で最も低い軌道をLUMO(lowest unoccupied molecular orbital) という。これらの軌道はフロンティア軌道ともいわれる。

分子軌道の表記方法

エネルギーが等しい分子軌道が2つ以上ある場合、軌道が縮退しているという。非縮退軌道はaかb、二重縮退軌道はe、三重縮退軌道はtの記号で表すことがある。

分子軌道は1σuのように表記することがある。

軌道が正、負も含めて対称心をもつときはg (gerade)、対称心で反転させると符号が反転するときはu (ungerade)を記号の下につける。

対称種を示す軌道の前の数字は、同種の軌道を区別するためにエネルギーの低い順に数字をつける。また軌道の性質からシグマ(σ)軌道やパイ(π)軌道と名前をつけることがある。σ軌道は結合軸方向に回転対称性を持つ軌道であり、結合軸方向に節面を1個以上持つ軌道はπ軌道となる。

σ結合は下の図に示すように、s-s、s-p、p-p、s-d、p-d、d-dの重なりによって形成される。色が白の部分と色のついている部分は正負が異なる。色が同じ部分が重なっている場合は結合性軌道となり、重なっている部分の色が異なる場合は反結合性軌道となる。

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σ性分子軌道

π結合はp-p、p-d、d-d軌道の重なりによって、下の図のように結合性軌道と反結合性軌道が形成される。

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π性分子軌道

2つの原子の波動関数をそれぞれ、\phi_A\phi_Bとすると、分子軌道は原子軌道の1次結合(Linear combination of atomic orbitals method, LCAOで次の式のように表すことができる。

 \psi = C_A \phi_A+C_B \phi_B

単純な分子軌道法では価電子殻の原子軌道だけを用いて考える。またHOMO以下のエネルギー準位はすべて電子によって占有され、LUMO以上のエネルギー準位の軌道は空である。

水素分子の分子軌道

水素分子H2の分子軌道を考える。水素分子は各水素原子の1s軌道の正どうし、負どうしの重なりによって、結合性軌道の1σgが形成され、正負の逆の組み合わせから反結合性軌道1σuが形成される。2つの電子は結合性軌道1σgを占有する。電子は矢印で表し、で矢印の向きはスピンが異なることを示している。

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水素分子の分子軌道

窒素の分子軌道

第2周期の2原子分子であるリチウムLi2からフッ素F2までは、結合軸をz軸とおくと、各原子の2s軌道の重なりによって、1σgと1σuが形成される。そして2pz軌道どうしの重なりによって2σgと2σuが形成される。2px軌道どうし、2p軌道どうしの重なりからは、1πgと1πuが形成される。軌道のエネルギー準位は、リチウムLi2から窒素N2までは、順番は1σg<1σu<1πu<2σg<1πg<2σuとなる。この下の軌道から電子がつまっていく。

まずN2の分子軌道を下に示す。

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窒素分子の分子軌道

酸素分子の分子軌道

一方で、酸素分子およびフッ素分子の分子軌道は、軌道のエネルギー準位が窒素分子の場合と異なる。そのエネルギー準位は1σg<1σu<2σg<1πu<1πg<2σuとなる。酸素分子の12個の価電子のうち、11つ目と12つ目は電子は二重縮退軌道の1πgを占める。しかし、基底状態ではフントの規則によって、平行スピンとなり、2つの不対電子を持つことになる。

分子軌道のエネルギー準位はσ軌道であれば、σguとなる。一方で、π軌道ではπugとgeradeとungeradeが逆となる。

σ結合では結合性軌道が対称心をもつg軌道であり、反結合性軌道は対称心を持たないu軌道である。一方で、π結合においては、逆に結合性軌道が対称心を持たずu軌道であり、反結合性軌道が対称心をもつg軌道であることを反映している。

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酸素分子の分子軌道

異なる原子どうし分子軌道

異なる原子によって構成されている2原子分子の分子軌道はエネルギーレベルに差がある原子軌道の重なりによって形成される。一般的に電気陰性度の大きい原子の原子軌道のほうが低いレベルとなる。そして、形成された分子軌道はエネルギーレベルが近い原子軌道の性質を帯びる。よって結合性軌道は電気陰性度の大きい原子の性質を帯び、反結合性軌道は電気陰性度が小さい原子の性質を帯びる。

フッ化水素の分子軌道

フッ化水素HFの5つの分子軌道は水素の1s軌道とフッ素の2s、2p軌道から形成される。結合性1σ軌道はフッ素の2sの性質を帯び、反結合性軌道3σ軌道は水素の1s性をもつ。

水素は1s軌道しか持たないため、フッ素のπ性の2p軌道とは有効な重なりが形成できない。よって、フッ素の2p軌道が非結合性軌道1πとなる。HFには8つの価電子があるため、この1π軌道がHOMOとなる。

 

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フッ化水素酸HFの分子軌道

 

一酸化炭素の分子軌道

一酸化炭素COでは炭素と酸素がともに2sと2p軌道を持っている。そのため、σ結合とπ結合の両方が形成され、原子間に三重結合ができる。このとき、8つの分子軌道は等電子分子である窒素分子のものとは定性的には同じである。また10個の電子がHOMOである3σ軌道まで占有する。ただし各軌道のエネルギーレベルは窒素分子とは異なる。結合性1σ軌道はより電気陰性度の大きい酸素の2s性をもち、結合性1π軌道も酸素の2p性をもつ。また、反結合性2π、4σ軌道は炭素の2p性をもつ。

一酸化炭素の分子軌道で、酸素原子の原子軌道準位が炭素原子の原子軌道準位より低いのは、炭素より酸素のほうが電気陰性度が大きいことを反映している。

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一酸化炭素COの分子軌道

 

結合次数

原子間の結合次数は結合性軌道にある電子数から反結合性軌道中の電子数を引いた数の1/2で求めることができる。窒素分子や一酸化炭素では1/2×(8-2)=3となり、ルイス構造と一致する。