化学徒の備忘録

化学系の用語や記事や論文をわかりやすく紹介します

スズペストとナポレオンのロシア遠征失敗の原因の関係

ナポレオンのロシア遠征とスズの関係

1812年6月、ナポレオンは60万人の大軍でロシアに侵攻した。しかし、12月初め、ぼろぼろになった敗残兵がモスクワから退却し、ロシア西部のボリソフ近く、ベレジナ川を渡ったときには、1万人以下になっていた。

フランス兵はロシアの冬を生き延びるには、衣服も装備も不十分であった。そのため、多くの兵が死につつあった。フランス兵はロシア軍だけでなく、飢えや病い、寒さに直面し、壊滅してしまった。

ナポレオン率いる大軍を崩壊させた化学的な要因として、錫 (スズ、Sn) のボタンが原因であるという説が、特に化学者の間で楽しまれている。

スズのボタンは、将校のコートから歩兵のズボンや上着まで様々なところで使われていた。しかし、スズペスト (tin pest) という現象によって、金属であったスズがすぐに崩れる灰色の粉のようになってしまう現象がある。

このスズペストによって、軍服のボタンがなくなり、兵は寒さに耐えられなくなったのではないか、また兵は両手を武器を運ぶよりコートの前をあわせるために使ったのではないか、そのためナポレオン軍兵士がロシア遠征で失敗したのではないかという説である。

実際には、この説には懐疑的な意見も多い。まず、スズペストという現象は北欧では何世紀も前から知られていた現象であった。また、ナポレオンが本当にスズを兵のコートなどに使用したのかも疑問がある。さらに冬のロシアでも、スズの崩壊はかなりゆっくりであると考えられている。そのため、スズペストがナポレオン軍のロシア遠征の失敗の要因とするのは、おかしいという主張もある。

スズペストとは

スズは13.2℃以下ではケイ素やゲルマニウムと同様のダイヤモンド構造をとる。このスズをαスズといい、αスズは灰色をしている。スズは13.2℃より高温では、正方晶系の構造をもつ金属となり、これをβスズといい、βスズは白色である。βからαの結晶構造の転移は、13℃付近では遅いが、低温では速くなる。また、金属状のβスズは-30℃以下に冷却されると膨張して崩れやすくなる。この現象をスズペストという。