化学徒の備忘録

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Förster型エネルギー移動とDexter型エネルギー移動の解説

エネルギー移動とは?

ここでのエネルギー移動とは、ある分子の励起エネルギーが別の分子へ移動することです。

例として、AとBの2つの分子を考えます。A分子からのエネルギー移動によって、B分子の励起状態が形成する作用のことを光増感作用といいます。

これは例えば光エネルギー変換、発光材料、光合成光触媒などで重要になります。

エネルギー移動に関しては2つの機構があります。それが、Förster型エネルギー移動(フェルスター型エネルギー移動、FRET)とDexter型エネルギー移動(デクスター型エネルギー移動)です。Förster機構とDexter機構という言い方をする場合もあります。

Förster型エネルギー移動とDexter型エネルギー移動の違いのまとめ

Förster型エネルギー移動とDexter型エネルギー移動について簡単にまとめると下の表のようになります。

  Förster型エネルギー移動 Dexter型エネルギー移動
機構 LUMOの双極子振動がHOMOの双極子振動に共鳴してエネルギー移動 波動運動の交換を通してエネルギー移動
スピン多重度 一重項と一重項 一重項と一重項、三重項と三重項
相互作用 双極子と双極子(クーロン積分) 電子交換(交換積分)
スペクトルの条件 蛍光する分子と吸収する分子のスペクトルの重なりが必要 蛍光する分子と吸収する分子のスペクトルの重なりは必要ではない

 

どちらのエネルギー移動によるものかは、寄与率で考え、両方が起こっている場合もあります。

Förster型エネルギー移動について

 Förster型エネルギー移動は、エネルギーを移動させる分子のLUMOに励起された電子の波動運動に伴った電場変動(双極子振動)が、エネルギーの移動先の分子のHOMOの双極子振動に共鳴してエネルギー移動が起こる現象です。

Förster型エネルギー移動の速度式

\displaystyle k^{A→B}=\frac{9000c^4 \mathrm{ln}10}{128π^5n^4N_Aτ^a_0}・\frac{κ^2}{R^6}\int f_a(v)ε_b(v)\frac{dv}{v^4}

ここで、c:光速、n:媒体の屈折率、N_A:アボガドロ数τ^a_0:ドナーの自然寿命、κ:双極子の方位を表す。

また、f_a(v):ドナーの発光スペクトル形状(積分値を1と規格化)、ε_b(v):アクセプターのモル吸光係数を表す。つまり、この2つの部分は発光スペクトルと吸収スペクトルの重なりに相当します。

\frac{f_a(v)}{v^3}:発光の双極子モーメントを、\frac{ε_b(v)}{v}:吸収の遷移双極子モーメントを表す。

上のエネルギー移動の速度式は次のように書き換えられる。

\displaystyle k^{A→B}=\frac{1}{τ} \left( \frac{R_0}{R} \right) ^6

ここで、τ:ドナーのエネルギー移動がない場合の発光寿命、R_0:エネルギー移動効率が0.5となるときの2分子間距離を表す。

ここで、R_0=Rとすると

\displaystyle R_0^6=\frac{9000c^4 \mathrm{ln}10 κ^2Φ_a^0}{128π^5n^4N_Aτ^a_0} \int f_a(v)ε_b(v)\frac{dv}{v^4}

ここで、

Φ_a^0:ドナーのエネルギー移動がない場合の発光量子効率を表す。

よって、上の式からR_0を算出することができます。

Dexter型エネルギー移動について

Dexter型エネルギー移動は、エネルギーを移動させる励起状態の分子の電子と、エネルギーの移動先の電子が波動運動の交換を通してエネルギー移動が起こる現象です。また、Dexter型エネルギー移動では、衝突が大事であるともいわれます。

 

エネルギー移動とスピン保存則の関係について

分子をそれぞれA、B、励起状態の分子をA*、B*と表す。

エネルギー移動が起こる場合、A*・B→A・B*と反応します。

また、A、A*、B、B*のスピン量子数をSA、SA*、SB、SB*と表します。

エネルギー移動前はSA*+SB、エネルギー移動後はSA+SB*となります。

○Aの励起一重項からBの励起一重項へエネルギー移動

ここで、Aの励起一重項からBの励起一重項へエネルギー移動する場合を考えます。

エネルギー移動の前はSA*=0、SB=0なのでスピン角運動量の和は0です。

エネルギー移動の後はSA=0、SB*=0なのでスピン角運動量の和は0です。

スピン保存則によりエネルギー移動の前後でスピン角運動量が保存される必要があります。

Förster型エネルギーの場合遷移双極子モーメントがある程度の大きさをもつ必要があります。つまり、SA*=SA、SB=SB*が条件となります。

○Aの励起一重項からBの励起一重項へエネルギー移動(ただし、Bが三重項)

次に、もともとBが三重項の場合の、Aの励起一重項からBの励起一重項へエネルギー移動する場合を考えます。

エネルギー移動の前はSA*=0、SB=1なのでスピン角運動量の和は1です。

エネルギー移動の後はSA=1、SB*=0なのでスピン角運動量の和は1です。

この場合は、スピン保存則が成り立ちます。よって、Förster型エネルギー移動であることがわかります。

○Aの励起三重項からBの励起三重項へエネルギー移動

Aの励起三重項からBの励起三重項へエネルギー移動する場合を考えます。

エネルギー移動の前はSA*=1、SB=0なのでスピン角運動量の和は1です。

エネルギー移動の後はSA=0、SB*=1なのでスピン角運動量の和は1です。

この場合も、スピン保存則が成り立ちます。しかし、SA*≠SA、SB≠SB*のため、Förster型エネルギー移動では説明ができません。

長距離のエネルギー移動について

分子間での長距離のエネルギー移動では、2つの相互作用は提唱されています。それが、Through space 相互作用とThrough bond 相互作用です。

Through space 相互作用

これはFörster型エネルギー移動によるものです。Through space 相互作用では長距離のため交換積分は小さくなります。よってDexter型エネルギー移動ではありません。

Through bond 相互作用

Through bond 相互作用によって電子交換は可能なため、これはDexter型エネルギー移動です。また、双極子の相互作用は結合を介して起こらないため、Förster型エネルギー移動ではありません。

Förster型エネルギー移動とDexter型エネルギー移動のどちらが支配的かは、速度解析(距離依存性)によって調べられます。しかし、両方が起こっている場合もあります。